第26話 大社
「その表情。心当たりがあるのだろう」
般若の仮面をつけた男が私に語りかける。
「我らの血族にも、人と分かり合えると信じここから出ていったものは少なくない。だが、誰ひとり人に認められなかった。あの、人間どもは個では貧弱だ。我らからすると赤子の手をひねるように殺すことができる。だが奴らの団結というものは厄介極まりない。特に相容れないものを排除しようとするときにはな」
なにかがおかしい。
「明日香、ここにいれば安全だ。血の秘密を暴こうとするものがいれば排除しよう。人間から我らの存在を守れる場所はここだけだ。東京に暮らしていたならば、ここは不便かな?ならば村に家を建ててやろう。必要ならば男も用意してやる。ここならばお前の安全と、必要な物をなんでも用意してやれる」
こいつの言っていることはおかしい。そんなことを望んでいないだとか、私をお前らと同じように考えるなという事じゃない。”なにか筋が通っていない”。そうじゃないか?
「お前は、私が望むものを用意できるのか?」
「ああそうだ」
「どうやって?」
「人間どもから奪い取るのさ。我々とつながりがあるのは大橋の村だけでない」
ああ、それだ。
根本的に構造上問題があるんだ。
「そうか、お前たちはあまりにも弱すぎるんだ」
私は口にした。
「何?」
表情は見えないが男の視線は細くなったように感じる。
「私はお前たちのコミュニティに関わったことがない。私はお前の言う一族として育っていない。なのに今こうして会話ができている。おかしいと思わないか?同じ”人間”の言葉で話している。この建物だってそうだ。人間の技術がないと作れない。話を聞く限り人と交配した?自分たちの存在がまるで上位種のように言っているが実際は人がいないと数もそろえられない劣等種なんじゃないか?」
私の中で論理が組み立てられていく。目の前の存在は確かに恐ろしい存在だ。私が何者であるのかそれが揺らいでこの後どうすればいいのかもわからない。だがこの男が言う事は絶対におかしい。
「本当に血の一族を守るのならおばあ様が人の前に出る必要があるのか?いやない。じゃあなんでそんなことをしているのか?」
なんだか妙に頭が冴える気がする。これも血の影響だろうか?
「そう、人の協力なしではお前たちは生きられないんだ。そうでないとおかしい」
「貴様、我らの血族にありながら己を愚弄するのか」
「そうなるとこのままバレずに過ごす?それは無理じゃないか?人間の活動範囲は広がっていっているし情報の伝達も早まっている。そうなると時間の問題になる。そうするなら」
私の頭は一つの結論にたどり着く。
「私たちは、自分の存在を公にするべきだ」
「実に聡明だよ明日香。我らの同志であればどれだけよかったことか」
男はそう言いながら、部屋の奥の影に手を伸ばす。そこから男は刀を持ち上げた。
「我らとて傷つけば、血を流す。血が多く流れれば死ぬ。人間はな。恐ろしい生き物だ。力が弱く、貧弱な生き物である。だが、この星を支配した。なぜか?数を生かし外敵をすべて消してきたからだ。明日香お前の言うようにすれば我らも同じ道を辿る。いかに奴らより強大な力を持とうとも。我らの仲間は長い年月や人間の迫害によりここにいるわずか14の同志だけなのだよ。今日1人増えると思っていたが、お前は一族を危険にさらすだろうな。その血が惜しいが死んでもらう」
男が刀を鞘から抜く。
私は元から、人より体を動かすのが得意であった。今はその血の力とやらで力も強くなっているようだ何とか切り抜けられるかもしれない。ここを切り抜けて浜野と合流しよう。そして祭を連れてここから逃げよう。こいつらは”恐れるに足りない”存在だ。腕を前に出してファイティングポーズを取る。
刀を持った男と、梨沙が距離を詰めてくる。その時である。
「黒塚!そこまでだよ!」
女の声が私の後ろからした。聞きなれた声だ。
「祭!」
私が振り返るとそこには祭と2人の男が立っていた。3人とも頭から角が生えており手に武器を持っていた。
「祭殿、何をしているので?」
黒塚と呼ばれた般若の仮面をつけた男が言う。
「話は聞いていたよ。自分で言っていたじゃないか。若い者は自分のルーツに疑問を持つ者がいるって。お前らの中にもこのやり方がおかしいって思う奴はいたんだよ。ずっと前から」
「では、そうではない者たちは?疑問を持つ者のほうが少ないでしょう。」
「武器を突きつけたら降参したよ。私たちだって血を流したら死ぬ。そうでしょ?拘束するのは大変だったよ。ロープぐらいなら私でも簡単に引きちぎれるからね。ホームセンターで鉄筋を買って手をぐるぐる巻きにしてるからもうここにいるのはお前たちだけだ」
黒塚と梨沙は降参したようだった。刀を床に置き両手を上げた。(梨沙はギプスをしていたので左手だけだったが。)
私は祭に駆け寄る。
「祭、ありがとう。本当にありがとう」
今さっきまで武器を向けられていたという恐怖を感じていなかったが、緊張感のゆるみからか一気に死を実感していた。
「明日香なんで帰らなかったの!」
「それは、祭をおいていけないからで」
「結局それで危険に巻き込まれているじゃん。どうしよう明日香まで人じゃなくなっちゃった」
人じゃなくなった。私は人じゃなくなった。人じゃない。それはほんと?本当だ。人間はロープなんて引きちぎれないし、角なんて生えない。どうすればいいのか。これからどうしよう。大学を卒業して、就職して、いい感じのパートナーを見つけて、もしかしたら結婚して、そういう生活はもうできないの?お父さんにも、もう会えないの?
「明日香、無事でよかった」
祭の言葉を今一度かみしめる事にした。




