第23話 故郷
笹見さんの話を聞いた後、私は外に出て村を見て回ることにした。屋敷を出てすぐ右手に十三郎さんの自宅兼商店がある。商店といっても村の者しか買いに来ないため、事前にほしいものを言ってそれを仕入れるような形態だった。昔は便利なものとして、文具やおやつを買っていたが今となっては村から出る必要を減らすためのものではないかといわば陰謀めいた疑問を抱くようになっていた。
「十三郎さんこんにちは」
「おういらっしゃい、明日香か。朝ぶりやね。いらっしゃいゆうても商品なんてまともに揃っちゃねえやろ。東京と比べると」
「まあね。でもまだ十三郎さんがお店やってるんだ。てっきりかな恵さんに引き継いでるものかと」
「かな恵はまあな。俺みたいに商いっていうか人づきあいが苦手なもんだからよ」
十三郎さんはそう言った。
「じゃあ、かな恵さんは街で仕事してるんですか」
十三郎さんはなぜかしばらく黙った。言葉を選ぶように考えてからまあ、そんなもんだと答えた。
よくよく考えてみると十三郎さんの商店は商品が安い。幼いころはありがたがっていたが冷静に考えるとおかしいことだ。商売とは仕入れて売って、その差額で利益を出す。このお店からどう考えても生活を送るだけの利益は出せない。私はそう思った。もしかするとほかに副業を持っているのかもしれない。主たる収入源がここだというのも決めつけだろう。私が疑心暗鬼になっているだけだ。そう言い聞かせながら商店を後にする。
私の家があったところに行く。真夜が京都市街に行っているため車もなくただ野原のようになっている。面影も何も残っていなかった。それでも記憶は残っていた。祭との記憶、母との記憶。しかしそのどれも影に何かがうごめいているような気がして素直に振り返ることができなかった。
その時、村の外から軽トラが走ってきた。幸三おじいさんと大吾さんだった。
私の隣に軽トラを止める。生臭いにおいがする。その荷台には鹿の死体が乗っていた。
「おじいさんこれは?」
「罠にかかっておったわい。明日香ちゃんたちは明日帰るんやろ?今日の晩飯に持っていくさかいな」
「鹿肉?」
「食うたことないんか?うまいぞ。ほな、捌かなあかんから行くわ」
そう言い軽トラを家のほうに走らせて行った。幸三おじいさんはいつもこんな感じで、狩りに行ったり釣りをしたり。自分の畑を放置していろいろなことに挑戦する人だった。妻の理恵子さんに畑を放置するなと怒られている人だった。畑の様子を見る限り荒れ果てたりしてはいないので放置しているわけではないようだ。村で食べられる野菜の大半は幸三おじいさんの作ったものだったっけと思い出にふける。
村のあちらこちらを思い出を振り返りながら歩いたが、祭の姿は見えなかった。まあこれは当然だろう。しかし、これまで村に滞在して一切祭や坂上家の話を聞かれないのはおかしいと思った。殺人事件について知らないのならばよい。これだけの距離もあるし、こっちでは報道されているかもわからない。
しかし、笹見さんの話と合わせても坂上なな子は母の妹である。血筋を気にするなら何か聞いてもいいはずだと思う。にもかかわらず一切の話題にならなかった。まるで避けているかのようだった。村全体がなかったことにしている、あるいはすでに知っているような気がして気持ち悪かった。
一通り村を見て、村のことは見えてきたが何も祭の現状につながるものはなかった。メッセージアプリを見ても誰からの連絡もなかった。屋敷のほうに向かうと蔵のほうから物音がした。
「浜野さん、きいつけぇ」
おばあ様の声が聞こえたので二人でまだ蔵を見ているのだろう。
浜野と真夜は昨日お山で何か見つけたといっていた。もうそこを直接見に行くしかないなと。そう思った。
屋敷の裏手に回り山に近づく。ただの山である。だが、獣道よりも幅がひろい草木がわけられた山道のような跡が残っていた。人が良く通っているような痕跡だった。幸三おじいさんが狩りで入ったのかなと思うが否定する。あの人は確か街の猟友会仲間と狩りをするため、この近辺ではあまり活動をしていなかったはずだ。年を取った今、なおさら一人で活動することは減るだろうし、かなりの頻度で人が利用している。そんな感じであった。
蚊に刺されるのは嫌だなと思いながら道を進んでいく。それは1本道でありどこかに続いているようであった。謎の山道を進む。先に進むにつれて木の密度が濃くなるためかどんどんと暗くなっていった。スマホを見ると圏外となっていた。そのまま歩き続ける。
がさっと草木を分ける音がする。
後ろから何かが私の左腕をつかむ。
私の失敗だった。祭の忠告をしっかり聞いていればよかった。半長袖の服ではなく、長袖のインナーシャツを着ておけばよかったのに。
私の腕を掴んだ手はそのままの勢いで私の袖をまくる。そして見られてしまった。私の痣を。
私の腕をつかんだのは、幸三おじいさんの息子、大吾だった。
「お前、この痣」
私はとっさに腕を引き離そうとするが鉄筋の骨組みのように、その腕は動かなかった。
「ここに来る前に、打ち付けただけです」
「そんなわけがあるか。いつからだ。千代ねえが死んだ後か」
「何の話です!」
ごまかそうとはした。したのである。だが状況は悪すぎた。
「まあ後で確かめればいいさ。早く村に戻れ。野生動物が出てここは危ない」
案外すんなりと離してくれた。おとなしく言う事を聞くことにする。私が村に向かう姿を見て大吾は山の奥に向かっていった。痣を見られてしまった。完全に私の失態だ。まさかこんな場所に人がいるとは思ってなかったのはある。しかし、彼は何をしていたのだろうか?




