第20話 坂上祭
今ふすまを隔てて私の前には何かがいる。これは事実だった。布団から出て、ふすまから離れるように窓に身を寄せた。手には真夜から渡されたお守りがある。
「だれがいるの!」
少し裏返った声を私は出す。
だが部屋の前にいるものは私の声など気に留めていないようであった。するりと部屋の前に立つ何者かがふすまを開ける。部屋の外の冷たい空気が部屋に入ってくる。
部屋の前にいるものは思ったよりも小柄であった。部屋の豆電球にその顔が照らされ、私は驚愕する。
部屋の中に入ってきた人物は坂上祭であった。
「祭、祭!無事でよかった!」
思わず私は祭に飛びつく。
「どうしていなくなったの?心配してたんだからね。早く東京に帰ろう。ね、祭?」
私は話したいことが山ほどあったが掻い摘んで伝えたいことだけを言葉にした。そして祭からの明るい返答を待っていた。しかし、祭の口から出たのは思いもよらない言葉だった。
「どうして、どうして明日香がここにいるの!探さないでって言ったじゃん!これじゃ、これじゃ全部無駄になっちゃう!」
祭は泣きそうになりながらそう言った。
「祭?どういうことなの?」
「全部、明日香までここに連れ戻さないようにするためだったのに。探さないでって言ったのに。明日香にも痣が出てるから」
「痣?そうだよ、この痣ってなんなの?」
「明日香!その痣のこと誰にも話していない?おおやしろの連中にその痣がばれると明日香まで連れていかれちゃう。あいつら、あいつらがお父さんとお母さんを」
「祭、落ち着いて。何があったのか教えて。この村のことも痣のことも」
「だめ、教えられない。明日香は知ったら本当に帰れなくなる」
祭はそう言った。
「大丈夫、私、祭がいなくなってすぐに探偵に依頼したんだ。あの人たちはちょっと変わってるけど助けてくれる。ほら、帰ろ?みんな心配しているよ」
そう言って、祭の腕をつかんで引き寄せようとした。祭の体はいくら引っ張っても微塵も動かなかった。こんなに力の強い人だっただろうか?いや違う。祭は高校の時も文芸部で外で運動するよりもどちらかというと室内にいるほうを好んでいた。
「明日香、私はもう戻れないの」
祭は悲しそうにそう言う。
「どうして?」
「村のことを知ったから。私もあいつらと同じだったの。同じになっちゃった。明日香はまだ間に合う」
「祭は祭だよ。何も変わらない。私の大事な友達じゃんおいていけないよ」
「明日香、ありがとう。あのね、もしも、もしもね、私が考えていることが上手くいったら東京に私も帰れるから。ね?」
弱々しい声で祭はそう言う。
「だから、東京で私に会うまで、私のことは忘れて。ここであったことも。明日、朝になったらすぐにここから出るの。明日香わかった?これは、私、坂上祭からのお願い。ねえ、私のほうがお姉ちゃんでしょ?先輩からの命令は聞くものそうでしょ?」
私は、祭が本当に私のことを心配してこのように言っているのがわかった。これまでずっと一緒にいたのだ。目の前で話すときに何を考えているのかなんて手に取るようにわかる。だから。だから祭もわかっているだろう。次にどう私が返事するか。
「ぜっったいに嫌だね!私は祭と一緒に帰る。そしてディオールの新作をおごらせてやる!こんな迷惑をかけたんだからね絶対に払ってもらうよ。迷惑料」
祭はその言葉を聞いて少しうれしそうにしていた。
「馬鹿な明日香。私が引っ越しをするってときも絶対についていくって言っていたよね。その時と同じだ。でもごめんね。一緒に帰ることはできない。今度は私があとからついていく番」
彼女は言う。
「だから、私の事はしばらくの間記憶から消すの。きっと会いに行くから。いい?絶対に痣の事は知られてはダメ。知られたら明日香と一緒に来ているお友達がきっと殺されちゃう」
祭は私が腕を握っていた指を一本ずつ優しく引き離す。
「じゃあまたね。これは約束だからね」
祭はそうつぶやくと部屋から出ていった。
すぐに私は追いかけた。しかし、廊下の開いた窓から見える暗闇の中に祭は見つけられなかった。それはお山の方向だった。
私は今起きたことを整理する。祭は確かに大橋村にいた。しかし、今は一緒に帰れないという。なんでだったか、奴らと同じだったから?いや、後で可能なら帰るといっていたはず。そう何かやらなくてはいけないことがあるからだ。
なぜ私に助けを求めないのだ。それが私の抱いた感想だった。私たちはずっと助け合っていたのに急に引き離された。そう感じた。それに今、彼女の言う通りにするともう二度と祭に会えない気がした。
他にも大事なことを言っていた気がする。そうだ。大社のやつらが祭の両親を殺したといっていたはず。そして、奴らに私の痣は知られてはいけないと。
そこで私の背筋に寒気が走った。私はおばあ様に痣のことを話している。おばあ様がもし彼女の言うその奴らにつながっていたら?
結局私は逃げられないと。そんな気がした。まあ、元より彼女を放って帰る気などさらさらない。




