第19話 迫りくるもの
「夕飯できたで」
というおばあ様の声が響き、私たちは大広間に向かう。
大広間にはおばあ様と西おじさんともう一人知らない女性がいた。
「紹介するわ。うちの嫁さんの笹見って言います。別嬪さんやろ?」
西おじさんが鼻を高くして紹介をした。
「浜野君も民俗学を大学で学んでるってことでこんな田舎でも学べるものはあるんです?」
「まあいろいろと興味深いものはありますよ」
「うちのおばあ様も暇しとるからなんでも聞いてやってくださいな」
西おじさんと浜野はいつの間にか打ち解けているようだった。
「んで、真夜ちゃんも巫女さんってだけじゃなくて音楽もできるん?部屋に運び込んでたの楽器やろ」
「はい。帰り際に名古屋の友人に会う予定があって。それで持ってきたんです」
「結構大変な予定やない?若いっていいわあ」
西おじさんはお酒が入り私たちに聞きまわっていた。外から来るものは少ないため興味が尽きないように見える。浜野と真夜も大学生としていい感じに話を合わせている。よくもまあ顔色を変えず、すらすらと噓をつけるものだ。
「明日香ごめんなぁ。私が明日香が帰ってくるって村の人に伝えるのが遅かったさかい
。幸三にも会えんで寂しいやろ。明日の朝食にはみんなで食べようと伝えとるから」
おばあ様がそう言う。
「それで、明日香。電話で話していた事やけど......。いや、ええわ。わすれて」
おばあ様は私を舐めまわすように見てからそう言った。私はびくりとした。今、おばあ様は間違いなく痣の話をしようとした。そう確信を持った。しかし、忘れろとはどういうことか。
浜野はこの家と痣には大きな関係があるとそう推理していた。ならば私にも関係ある話ではないのか?私には知られたくないのだろうか?私はふと村で過ごしていた時のことを思い出した。
「おばあ様のところにお参り言ってくるから明日香は留守番しとくんやで」
母がそう言って夜遅く家を空けることが何度かあった。今思い返すとお参りとは何だったんだろうか。当時私が聞いても母は何も教えてくれなかった。この村は私に隠していることがまだあるのだ。
「おばあ様、そう言えば昔お母さんがお参りって言って夜家を空けることがあったけどあれって何だったの?」
思い切って口に出してみることにした。
それまで元気よく笹見さんと話していたおじさんが急に静かになった。
部屋がいきなり沈黙に包まれる。聞いてはいけないことなのだろうか?私は禁忌に踏み入れてしまったのか。
「お参りですか?近くに神社やお寺はなさそうですけど。僕も気になりますね」
浜野が沈黙を破った。どう考えても今聞いていい雰囲気じゃないだろ!探偵としてのサガか止められなかったのだろう。場の雰囲気は明らかに凍りついていた。
おばあ様が口を開く。
「なんでもあらへん。村の安泰を願って、村民で話し合うのをお参りっていっとっただけや」
凄く落ち着いた口調だった。たったそれだけ?あれだけの空気になったにも関わらずそんなものなのか?あまりにも何でもないものであったためあっけにとられてしまった。
そのまま、話が盛り上がることなく、食事が終わった。
「わかっとると思うけど危ないからお山には近づかんようにな」
広間から出る私たちに向かっておばあ様は低い声で忠告した。
おばあ様の勧めで私は一人お風呂に入っていた。静かな空間である。広い浴槽で両腕を伸ばしながらリラックスする。外から虫と鳥の声が聞こえてくる。懐かしい感覚に包まれる。それとともに左腕にくっきりと浮かぶ痣が目に入った。これは一体何なのだろうか。おばあ様は私に何を隠しているのだろうか。ここは私にとっては間違いなく故郷である。でも、この地は私をよそ者として扱っている。きっとここは私の帰る場所じゃない。母にとってはどうだったのだろうか。いや、彼女にとっては間違いなくここが帰る場所だったのだろう。余命間近に帰ってきたいと言わなかったのだろうから。母にとってここは生まれて、そして死んでいった地である。私にそう言った場所はあるのだろうか。
そんなことを考えながら部屋に戻る。代わる代わる、真夜が風呂に向かった。結局私は祭のことを言い出せなかった。そう反省していた。いや、お参りの話をしただけであのような空気になったのだ。実際に祭の話題は出すべきじゃなかった。そう自分に言い聞かせる。今日の私は反省することが多かった。考えているうちに真夜が風呂から戻っていた。後ろで束ねていた髪を解放している姿を見て改めて美人だと思う。
髪を乾かしたり部屋についていたテレビを見ているうちに時間はすでに10時頃であった。
「真夜さん。そろそろ寝ます?」
私は布団の用意をしながらそう尋ねた。一方真夜は身支度を整えているようだった。
「ううん、私は今から浜野とお山に行こうと」
「こんな時間から?」
「うん、人の目もないしね。まあ私がいれば大丈夫よ。どっちかというと心配なのは明日香の方」
真夜は言う。
「それでこれ渡しておくね」
紐の伸びた小さな巾着のようなものを渡された。
「これは?」
「浜野の作ったお守りみたいなもの。いや防犯ブザーかも?山の中に私がいるとスマホ電波が届かないかもだからさ。何かあったら思いっきり紐を引っ張って。私が飛んでいくから」
とのことだった。防犯ブザーなら音が届かないんじゃないか?
すぐに真夜と浜野は屋敷を抜け出していった。
私は部屋の電気を消してイヤホンをつけてスマホで音楽を聞いていた。いつも寝る前にはそうしていた。いわゆるルーティンである。ここは電波が悪いようだった。曲と曲の間でロード時間が挟まり途切れ途切れになっていた。気が付くと11時を回っていた。
ギシり
曲が終わり次の曲が流れるまで私が待っていると床がきしむ音がした。
ギシり
一定間隔でどんどんと近づいてくる。音楽を止めイヤホンを外す。
ギシり
間違いなくこちらに向かっていた。真夜が帰ってきたのか?いや、足音は1つである。それにこれは足音を消そうとしているように感じた。家が古いため鴬張りのように意図せず音を鳴らしている。そう感じた。誰かがいたずらで驚かそうとしているのか?いや、西おじさんもおばあ様もそういったことはしない性質であった。
ギシり
もう足音は部屋の目の前に来ている。
足音がやんだ。私の部屋の前でだ!
真夜が渡してくれたお守りを握りしめる。
ガタン
それは部屋の外にいる何かがふすまに手を添えた音だった。




