第18話 御簾を暴く
真夜の運転する車が大橋村に入る。村の中心には1本の道があり、その突き当たりにおばあ様の住む大橋本家とその後ろに山がそびえている。村を縦断する道の左右に畑や家がポツリポツリと点在している。
私の記憶にある通りの風景がそこに広がっていた。唯一私の思い出と違うのは村に入ってすぐに道を隔てて立っていた2軒の家(私と祭の家である)がないだけであった。私の故郷。でも私のいた場所が残っていない。この感覚に寂しさを覚えた。風景を見るだけでたくさんの思い出がよみがえってくる。祭と幸三おじいちゃんの畑を手伝ったこと、私の育てていたプチトマトが虫に食べられて泣いていたこと。雪の後、母が悪態をつきながら雪をどかし車で学校に送ってくれたこと。色々なことがあった私のふるさと。
私の案内で、車をおばあ様たちが住む本家に向かわせる。私の記憶とさほど変わらない家が残っていた。2階建ての大きな古臭いお屋敷。昔覚えていた通りの建物は東京での生活を経験して一体どれだけの財があればこれだけの屋敷を建てられるのだろうかと思うようになっていた。
「なんかすごい立派なお屋敷なことで。明日香って実はすごいお嬢様?」
真夜が屋敷を見ながら問いかけてきた。
「違うよ、私が住んでたのはあの辺だったから。でも今見るとすごい家だったのかもって思わされちゃう」
今は無き我が家を指さしながら言う。
玄関前の車から鳴るエンジン音を聞いてか入り口の引き戸が開かれた。中からは記憶よりホリの深くなった大橋西が出てきた。
「明日香ちゃん、ようきおった。お友達も一緒なんやろ。ようこそ、大橋村へ。なんもない村やけど自然だけはあるさかいようしてってくださいな」
「西おじさん久しぶり。結婚したって聞いたけど?」
「せやで。仕事で東京に一年いっとったんやけどそん時意気投合してな?あとで紹介するわ。車はお屋敷の駐車場がいっぱいさかい、明日香ちゃんの家あったとこにでも転がしときっておばあ様いっておったわ」
西おじさんの助けも借りて、荷物を屋敷に運んでから真夜は車を指定されたところに移動させた。
「お姉さん巫女さんなんか?」
西おじさんが真夜の服装を見て聞いてくる。
「ええまあ、東京で神社のお手伝いをしていて」
「神社。その歳やと神社の仕事なんてつまらなくないんか?えらいなあ」
西おじさんは東京では人が多くて自分は苦労したが偉いなあと私たちに感心していた。
そして私たちを泊まる部屋に案内してくれた。男女一緒とは思っていなかったようで、準備ができてないわと慌てながら私と真夜を案内してすぐ隣の部屋の片づけを始めた。
「浜野さんの部屋は俺が片づけておくから、おばあ様に挨拶してきい。大広間におるわ」
と西おじさんに言われたため3人で大広間に向かった。
大広間は屋敷の最奥に位置しており、この村の全員を集めても場所が余るほどの広さがある。薄暗い廊下を進みふすまを開けるとその奥にはおばあ様がいた。
「明日香、久しぶりやね。お友達の方もようこそ大橋村へ。なんかありましたら気軽に聞いてくださいな」
私は何を言えばいいかわからなかった。祭のことを言いだしてもいいのだろうか?それとも痣のことを聞くべきか?
「父がよろしくって言ってました。それで村のみんなは元気してる?」
何とか絞りだした言葉はそれだけだった。
「シュウ君か、元気しとればええけど。時間もたって色々変わったなあ。夏樹覚えとる?明日香が東京行った後結婚したんやけど、子ども2人産んだあと亡くなってしもてん。すい臓がんやったかな。あとは、明日香の隣に暮らしてた、かな恵も結婚してなあ。今は、婿さんの苗字もらって円藤って名乗ってますわ。
「幸三おじいさんは元気?」
「幸三さんは元気しよるよ。でも奥さん理恵子が鬼籍に入りおった」
奥さんと仲良しだった幸三おじいさんはきっと悲しんでいるんだろうなと私は思った。
「まあ、元気そうで良かったわ。夕飯も用意するから部屋で待っててや。」
おばあ様はそういうと立ち上がり台所に向かった。
おばあ様も記憶にある姿と何も変わっていなかった。話し方も元気そうであるし、歩き去る時も姿勢がピンとしていた。いまだに台所に立っているのは驚きだが、西おじさんの奥さんに手間をかけすぎないようにしてのことかもしれない。
記憶にある通りの大橋村であった。祭の痕跡は何一つなかった。浜野の推理が間違っていたのだろうか。ありえない話ではない。何しろ鬼だとか言っていたのだから。
食事の準備ができるまで部屋にいることにした。何か手伝おうかといったがお客様みたいなもんだから休めと、要するにそういったことを口うるさく言われてしまった。
部屋には真夜と一緒にいる。浜野は少し気になることがあるといって自分の部屋から出ていった。足音からして、屋敷中を歩き回っているようだ。西おじさんとの話声も聞こえたため何か話もしていたのだと思う。
「そう言えば、明日香のおじいちゃんってどんな人なの?」
真夜が聞いてくる。
「うーん、実は見たことないんだよね。私が生まれたときには死んじゃっていたみたいで」
「どんな感じの人とか聞いたことないの?おばあ様とかお母さんから」
「それがないんだよね。お母さんは見たことないって言っていた気がする」
おぼろげな記憶を頼りに答える。
「それなんか、おかしいね。この屋敷と一緒で」
真夜は少しトーンを落とした声で答える。
「え?」
私は何も気づいていなかった。昔懐かしい故郷で感傷に浸りながら祭の痕跡を探していたが真夜は何か違和感を覚えているようだった。
「そもそも、このお屋敷って色々とリフォームされた痕跡があるけど寝殿造りになっているんだよね」
「寝殿造りっていうとたしか平安時代の貴族の屋敷の事だっけ?」
「そう、玄関が飛び出るように増築されたり、渡殿っていう、今でいう廊下みたいなところかな?そこが取り壊されて建物の一部がくっつけられたり、あとあれだね多分明治ごろに大規模な改装がされたのかな?そんな感じがする。何代もかけて増改築がされているみたいだけど部屋の構造はそのままみたい。ほら、部屋の梁もかなり古いよね」
そう言われるとこの屋敷は昔から確かにいやに開放的な気がする。
ふすまをたたく音がした。
「僕だ。入っても?」
浜野だった。
「この屋敷妙なことが多い」
女子部屋に入って早々の感想がそれだった。
「部屋のいたるところに三つ巴が意匠されている。ほらそこにもある。三つ巴自体は家紋や鬼瓦に火災除けの祈願として使われるが、なぜか隠すような配置だ。それに部屋の構造がまるで寝殿造りになってる」
浜野が指さした梁の影には三つ巴が彫られていた。三つ巴。私と祭の痣と同じ形だ。
「寝殿造りってのは私も気づいたよ。でも三つ巴は見つけられなかったなぁ」
悔しそうに真夜が言う。
「こういった意匠を隠すという行為自体はいくつか意味が見られる。1つは魔除けだ。部屋の隅々に印を入れておくことで効果を発揮する魔術の類だな。例としては鬼瓦といえば伝わるかな。あれにも三つ巴が使われることがある。2つ目が封印、言ってしまえばお札を部屋中に貼るみたいなやつだ。あとは魔の印を見えなくすれば呪いが薄まるみたいな考えもある」
「じゃあ、この屋敷のものは魔除けということですか?」
私は問う。
「その可能性は無くはない。かなりの改築がされているが元はかなり古い屋敷だ。だからそういった古い風習が反映されていてもおかしくない。それにしては妙なんだ」
「妙?」
私と、真夜が顔を合わせて聞く。
「1つは、三つ巴はすべて同じ方角を向いている。ほらこの家裏手に大きめな山が後ろにあっただろう?あの方向だ」
「それの何がおかしいの?古くから山は怪異妖怪とつなげられたって浜野も前言ってたよね」
真夜が言う。
「そうだな。でもここは山の真ん中に切り開かれたような土地で一方向だけというのも変だ。方角も確認してみたが、北西。方角的には普通鬼門、裏鬼門の北東か南西だろう」
「となると残る可能性はあの山に何かある可能性だ」
「確かあの山は村ではお山って呼ばれてて、近づくなって小さいころから言われてたけども」
わずかな記憶を頼りに何か役に立とうと頭を回す。
「それだけ聞くと何か地形や野生動物などがいるから危険だと考えるが、状況が状況だからな。何かあると考えていいかもしれない」
浜野は顎に手を当て何か考えるように言った。
「そうだね。前にきたとき私たちを襲った襲撃者が逃げていったのもあっちの方角だよ。」
真夜が発言する。
「それからもう一つ気になる点が。屋敷の外に出ると打って変わって三つ巴がない。魔除けとしてとらえると異常だ。
ここである可能性が浮かぶ。三つ巴は連帯、あるいは知識を封じ込めるシンボルである可能性だ。これは例としてゴシック教会建築の不思議として知られるものがある。教会にある聖書をモチーフにした彫刻は錬金術の秘法を隠しているというものだ。実際これの真偽については、まあ本題からずれてしまうな。わかりやすいほかの例だとフリーメーソンのシンボルのほうが伝わるかな?どちらも西洋的な考えであるが三つ巴の”なにか”がこの屋敷と関係があるというつながりになる」
私は自分の左腕を握った。
「そう、単純に捉えるならばその痣と何か関係があると考えるのがいいと思う」
浜野はそう宣言した。私は彼の意見に賛成だった。これまでの鬼といった突拍子のない話ではなく三つ巴の痣はこの村で育った私と祭の両方に出ており無関係とは思えなかった。
「他にもいくつか気になる点はあるが詳しく調べないとだめだな。山も上手くピントが合わなくてろくに”視え”なかった」
なにを言っているのだろうか?山が見えないなんてことはないと思うが。
「あと浜野、明日香のおじいちゃんのこと誰も知らないみたいなんだよね」
真夜が言う。
「なあ清水さん、ここが大橋の本家で間違いないのだよな?」
「はいそうです。代々このお屋敷で暮らしてきたって聞いてます」
「ならおかしい。ここには仏壇どころか歴代当主の写真すらない。まるっきり君のおじいさんはこの屋敷に存在しないんだ」
私の気づいていなかった村のおかしさが次々と暴かれていくようだった。一つ一つは小さな違和感であったが、まるでお前の一族はおかしい、異常であると突きつけられているように感じた。東京で暮らし切り離されたと思っていた、遠く離れたと思っていた私のアイデンティティを否定されているような気がした。




