第16話 大橋村へ①
「祭は、大橋村にいますか」
浜野の提案を聞き私は問いを投げかける。
「十中八九は」
浜野はそう答えた。内容とは裏腹にその視線は自信があるようだった。
「その、浜野さんたちは、鬼という奴らが祭の失踪と祭の両親の殺害に関係あると考えているということですよね。大橋村に行くことで祭は連れて帰れるのですか?」
「そこは、正直何とも言えません。祭さんの失踪の理由と消息、それを明らかにするために大橋村に改めて行くわけですから」
つまり出たとこ勝負ということだな。それが私の感想だった。
「大橋村に行くのは安全ですか?」
私が抱く一番の疑問だった。もし彼らの言う鬼がいるとしたら、何か調べようにもそれに襲われておしまいなのでないか。
「それもわかりません。ただ僕たちが可能な限り清水さんの身は守らせていただきます」
可能な限り。便利な言葉だ。彼らは大橋村は危険であることを暗に示しているような言い方であった。
「清水さん、気が乗らないようでしたらここで調査を止めるという事でもかまいません」
浜野はそう声をかけた。そんな化け物がいると示されたところに誰が行くというものか。
「ディズニーシーに行きたいとは言ってたかなあ」
ふと頭の中に声が流れた。今は亡きなな子さんから聞かされた言葉だ。祭はいま化け物たちと一緒にいる。私はこんなところで逃げていいのか。もう祭に会えなくていいのか。そもそもそんな化け物どものいるところにいて無事なのか。取って食われたりしていないだろうか。色々と頭の中をよぎった。
これが祭を追う最後のチャンスかもしれない。逃げたい気持ちでいっぱいだった。ただそれ以上に友人を一人にしておけないという気持ちがそれに勝った。
「わかりました。大橋村に行きましょう」
浜野はこちらを見た。
「身に危険が迫るかもしれません。それで行きますか?」
食い下がるように、あるいは覚悟を鼓舞するようにうなずいた。
浜野との相談ののち私は祖母に電話をかけた。浜野と真夜は私の予定に合わせられるように事前に相談をしていたようであった。
私はスマホから祖母の家の固定電話にかけた。
「もしもし、大橋です」
聞いたことのない女性の声が電話口から聞こえた。
「ええっと、明日香です。大橋千代の娘です。おばあ様は居ますか?」
祖母の家にも関わらずなんて他人行儀なのだろう。村民にそう呼ばれているように私はおばあ様と祖母を呼んでいた。
「しばらくお待ちください」
そう言って保留音がなり始めた。よくよく考えると電話口の女性は標準語であった。一体誰だろうか?
「もしもし、明日香か?元気しとる?」
すぐに懐かしい声が聞こえてきた。祖母だ。
「おばあ様!うん元気してる。それで月末にでも大橋村に帰ろうかと思って」
私は祖母の声を聞けてうれしかった。その齢80は越えているだろうが元気ある声だった。
孫の帰省。それは誰にとってもうれしいことのように思えるがおばあ様は少し沈黙した。
「そうかそうか、いつでも帰ってきいや。」
「それで、ええっと大学の友人も一緒でもいいかな?京都旅行に行きたいって言ってるの」
「ええよええよ。部屋は余っておるわ。でも明日香は知っとるようにうちは都からは離れとるよ?ええんか?」
おばあ様は変わっていて京都市を都と呼ぶのだった。
「大丈夫だって、20から23日とかどうかな」
「ええで。準備して待ってます」
「そうだ。おばあ様。さっき電話に出たのは?西おったやろ?嫁さんや去年結婚したや」
西とは、母の弟のことだ。道理で聞き覚えがなかったわけだ。
「せや、明日香は変な痣とか出てへんよな?」
背筋が凍るような気がした。この痣が村に関係があることが肉親の口から明らかにされた。雰囲気が嫌いだったとはいえ故郷は故郷である。何か、この村には私にすら隠されている何かがある。それが確定してしまった。浜野の妄言のような考察を裏付けるような発言を聞き、私は言葉にできない感情を持った。恐怖かもしれない。
私と祖母の会話はスピーカーにしており浜野達も聞いていた。
浜野はおばあ様の言葉を聞きうなずいた。
「変なあざ?出てはいるけどただの痣だよ。病院もいって検査は受けたけど何もないって」
「そうか」
妙な沈黙が流れた。祖母の声のトーンが少し下がっていた気がする。
「じゃあ、待っとるで」
おばあ様は最後に元のトーンに戻してそう言い電話を切った。
私は冷や汗をかいていた。
浜野のほうを向く。
「それじゃあ、旅程について詰めよう」
浜野は今の会話から違和感を感じなかったのだろうか?いや、声を普段より張っているように感じる。きっと私が心配しないように話題に出さないようにしているのだ。そう思った。
結局8月20日の朝9時に東京駅の東海道新幹線改札前に集合することになった。新幹線で京都まで行き、そこでレンタカーを借りて大橋村に行く。そういうスケジュールに決まった。切符は浜野が買ってくれるようだった。
私は20日まで緊張の糸が張りっぱなしだった。ただの帰省なら、どれほど良いことだったのだろうが。この3日間は私の祭を助けたいという覚悟を不安で塗り替えるのに十分な時間だった。




