第15話 鬼の居ぬ間に
私が探偵事務所に入ると、いつも通りの場所には浜野が、その横には窓に腰かけた女性がいた。メールで言っていた同席者という人だろう。しかし、その風貌を私はまじまじと見た。あまり手入れをしていなさそうな黒髪に眼帯をつけた浜野貫之という人間もかなり奇妙奇天烈な風貌であるが後ろで白髪をまとめ、巫女服を着た人物はそれ以上であった。
「清水さんと会うのは初めてでしたね。最初に紹介させていただきます。こちらは僕の仕事を手伝ってもらっている渡辺真夜です」
「どうも、専門は化け物退治でやらせてもらってます。まあ連盟とは別口なんだけど」
化け物退治。浜野の先輩もそれを得意としていたという。いったい霊能者が祭の失踪にどう役に立つのか。居場所の予知でもすると言い出すのだろうか。私にとっては疑問があふれるばかりだった。
「それで、今日は大橋村についての調査がまとまったのでその報告を」
浜野は何か道具をいじりながらそう言った。
「大橋村についてですか?祭の居場所ではなく?」
私は質問した。その関連性を自分の中で整理できなかったからである。
「ええ、順番的にそうなります。まず、大橋村についてこれといった記録、文献は調べてみましたが残っていませんでした。成り立ちとしては、明治の廃藩置県の時代ですね、戸籍などをしっかりと国で管理しようとし始めた時代です。その時に、近くの農村で呼ばれていた大橋村から名づけられたそこまでは遡れました」
と浜野は続けた。浜野がいじっていた道具からは煙草が出てきた。なるほど煙草を作る道具だったのか。確かに、浜野はよく煙草を吸っている印象があった。大橋村の由来は初めて聞いた。それでいったい大橋村の成り立ちがどう関係するのだろう。
「ここからが本題ですが、丹後旧事記という書物があります。これは、1700年代後半に其白堂という人物が記し小松国康が編集したと伝えられている書物です。内容としては、京都府の北部、丹後の国と呼ばれていた地域の出来事を旧記録、古書の内容をまとめたものです。そこにこのような記述がありました。かいつまんで言うと、平安時代のことです。現在大橋村として知られる場所の近くには大社と呼ばれる場所があると。そこでは、普通の神社仏閣では行われないような怪しげな儀式、妖術が行われていると近くの農民に恐れられている。そういった内容です」
私は浜野の話を聞き入っていた。
「それで、大社と言う地名で何か記録が残されていないか調べると一つだけ見つかりました。天保7年、江戸時代ですね。福知山藩に仕える武士にして歌人として知られる、佐山原吉左エ門の書いた詩でこう詠まれていました。せっかく育てた長男が山の大社に住む鬼に嫁がされてしまう。それのなんと悲しいことかといった内容です。大橋という名前はもしかしたらおおやしろが変化してそう呼ばれるようになったのかもしれないですね」
目の前の男は今何と言った?鬼だ。間違いなく鬼といった。何を言っているのだろうか。そんなおとぎ話がなんの関係があるというのだ。
「待ってください、浜野さん。まさか鬼が祭をさらったというのですか?」
信じられない。探偵ともあろうものが鬼が犯人だというのだろうか。
「いいえ、祭さんが”さらわれた”のかどうかはまだ何とも言えません。しかし鬼というものはそれほど突拍子のない話ではない」
「鬼だなんて、桃太郎や一寸法師で出てくるようなおとぎ話の存在です。まさか浜野さんたちはそんなものが存在すると考えているのですか?」
「この世界には、人間の理解を超えた存在は確かにいるのです。清水さんあなたからすると滑稽なことに聞こえるでしょうね。普通に暮らすうえではそういった存在とは関わることがまずないですから。人の営む社会とは相反する存在。人類の敵、そういった存在を僕は師匠の言葉を借りて魔性と呼んでいます。清水さんあなたが直面している祭さんの失踪にはそういった存在が深くかかわっている。そう考えています。それに鬼という存在はそれほど珍しいものではないですからね」
私には浜野が何を言っているのか理解できなかった。そして理解できる気もしなかった。
「今すぐに納得してくれというつもりはありません。話を続けてもいいですか?」
浜野の問いに私は頷くことしかできなかった。この男の中では何かストーリーがまとまっているようで理解できないと伝えたところで止まりそうになかったからだ。
「まず鬼というものは、非常に広い意味のある化け物です。例えば、先ほど清水さんの言ったような童話に出てくるような悪い存在の象徴として扱われることがあります。
似たようなものとして餓鬼、本来は仏教の六道の考えから来るものですが飢餓をもたらす妖怪、あるいは厄災としても知られてますね。他にも殺人鬼、吸血鬼、まあこういった具合に邪悪なものにはとりあえず鬼というラベリングがされることが多い。
一方で先祖の霊を鬼として信仰する地域もありますし、地獄の獄卒としての鬼もよく知られている。異界の象徴ではないかとする研究者もいるようですが、まあつまりです、鬼というのはそういう種族の化け物がいるというより、そういった大きなあいまいな枠組みがあると考えるのが良いと僕は考えます」
「そう言ってしまうと、鬼なんてなんでもいいと言われちゃいそうですが、鬼として恐れられる化け物が歴史上いたと考えるのは突拍子のない話ではありません。例えば清水さんも伊勢物語を国語の時間に学びませんでしたか?突如現れた鬼に女性が食べられるという物語です。
人食い鬼といえば京都では有名なものがありますね。そうです。大江山の鬼です。酒呑童子や茨木童子と呼ばれた鬼が都を脅かしたという話です」
浜野は話を続ける。つまり浜野は何か人じゃないものが大橋村にいる。そう言いたいようだ。
「それでまあ、茨木童子の腕を切り落としたのが私のご先祖様ってわけ。まあ私たちが大橋村に行ったときに襲われたってことよ。鬼って呼ばれるようなものに」
真夜と呼ばれた女性がそう口を挟む。
「えっと、それで、その鬼というものがいたと仮定します。いや、襲われたんですよね。じゃあいるとします。じゃあ、それは何なんですか?」
このオカルトチックな内容に置いていかれないように何とか話をつなげる。そんなものはいないと私は言いたいが、襲われたとするなら何かいるのだろう。浜野の言う定義だと、頭のおかしい殺人鬼だって鬼になるんだからそういう意味ではいると信じてもいいかもしれないと頭を整理する。
「さあ?」
浜野の答えは衝撃的だった。ここまで話を広げておいてなんて無責任な!
「さあって何ですか!じゃあこれまでの話は何だったんです!」
私は声を荒げてしまった。
「さっき言ったでしょう。鬼ってのは大きな枠組みでしかないと。僕らが遭遇したのは角があって人とは思えない怪力を持つ人型の化け物としか。そいつらは僕らが村に近づくことを邪魔をした。わかっているのはそれだけです。そしてここからが清水さんにお願いしなくてはいけなくなる」
「何をですか?」
「僕らは大橋村に近づくのを拒まれるようです。しかし、あなたなら違うはず。村の者と血縁関係がありますからね。里帰りと称して向かってください。大橋村に同行させてくれませんか?」
それが浜野からの提案だった。




