第13話 2008年1月29日
私は、小学校から母の運転する車で家に帰るところだった。私の住む大橋村は学校から車で1時間30分ほどかかる田舎であったためこうして母に毎日送り迎えしてもらっていた。
「お母さん、今日はね?ゆいと遊んだん。ゆいは色々折り紙ができてすごいんよ。私もカワセミの折り紙を作ってもらったの。かわいいしすごい生き物なんよカワセミ。お母さんは知っとる?」
私は学校であったことを事細かく話していた。これは、学校でうまくいっているのか母を心配させないようにするためであり、また友人とどう過ごしたかしっかりと思い出すためであった。学校から家が遠く、ほかの同級生と同じように放課後に遊べない事に対する気晴らしみたいなものだった。
私は学校が好きだった。放課後に遊べない分友達は少ないが、私から声を掛けたらみんな答えてくれる。良いクラスだった。でも、幼馴染の祭はクラスで浮いているようで少し心配だった。強い嫌がらせを受けているという事じゃないがクラスの大半から避けられているようにも見えた。それでも、学童ではうまく話せる子がいるといっていた。祭は両親が街まで働きに出ていて下校時刻には家に誰もいなかった。
「なな子も仕事辞めて専業主婦になればええのになあ。祭ちゃんもかわいそうやろ。明日香もそう思わへんか?」
なな子というのは祭の母の名前だ。
「女手が働くなんて、亭主の宗太郎はんの収入に文句ありますって言ってるようなものやないか。宗太郎さんもかわいそうやわ。村の商店じゃなく街のしゃれたお店使うのがいかんわ。街は物のわりに高くてあかんわ。でもまあ、それも来月までかね?」
「なんでや?」
「なんでって祭ちゃんにきいとらんのか?関東に引っ越すんやと。大橋が嫌みたいやわあそこの家は」
その言葉を聞き私は驚いた。祭が引っ越し?そんなことは聞いていなかった。
「きいとらん!祭と会えんくなるんか?」
「そうやなぁ。関東やと難しゅうなるんちゃうかな」
「いやや!私も祭といく」
私は母に訴えた。私も関東に行きたいと。祭についていきたいと。泣きながら年甲斐もなく駄々をこねた。
母は運転席で困った顔をしていた。
「うちはなな子と同じで痣が出てへんけど、大橋の女やから村からは出れへんよ。明日香もそうなるやろうな。婿さん見つけて村に家建てて、それが大橋の幸せってやつなんよ」
何を言っているか私はわからなかった。
家についてからも二、三時間泣き続けていた。祭と遊べなくなる。それが耐えられなかった。外でエンジン音がして家の戸が開けられた。
「明日香、そんな泣いてどないしたの?別嬪さんが台無しやで」
「祭、いなくならんとって」
「家のことなんやからしゃーないやろ。大人になったらあいきよればええ。私も会いにいくで」
祭は明るく私に答える。大人びたことを言っているが祭も寂しがっている。声が泣きそうである。4年も一緒にいたのだ。お互いの考えは手に取るようにわかる。
「なな子、ほんまに出てくんか?」
「宗太郎さんとも話して決めたことです。宗太郎さんのご実家が相模原のほうにあるんで近くに来いひんかって言われてたんよ」
「大橋の名を捨てるだけやなくて出ていくだなんて。痣無しの身分で許されると思うんか?」
「千代やって痣無しやないか。おばあ様の孫やから、いいようにしてもらってるだけやんか。この村には痣無しの立場なんあらへん」
「なな子!おやしろ様の侮辱は許されへんよ!」
「何がおやしろ様や。痣無しでお山に入れんくせに何言ってるねん。もう決めたことや。あんたも明日香のためを思って考えたほうがええで。痣が出えへんかったらあんたと同じ末路なんやで」
「それは、わかっとる。うちほど明日香は大橋での地位が低いのも。でも、どないにすればええや。今更、うちは働けへんもん。おばあ様にもシュウにもこれ以上迷惑かけられへん」
「それはあんたの人生やろ。自分で考えへんでどないするねん」
居間で母と、祭の母が言い争いをしていた。母が私に叱る時を除いてここまで声を荒げるのは初めて見た。
「お母さん?大丈夫?」
心配になり私は声をかけた。母が心配であったのではない。祭の家族との仲が悪くなって会えなくなることを心配したのだった。
「明日香ちゃん心配してくれてありがとうな。千代、私はそこまであんたに失望しとるわけちゃうで。明日香ちゃんも賢いんやしほかの生き方があるんちゃうかって言いたいねん。」
「わかっとるわ。それくらい。晩飯食ってくんやろ?はよ準備手伝い。最近頭痛がひどくてたまらんわ」
二人は何事もなかったかのように夕食の用意を進めて坂上家と同じ食卓を囲んだ。これはよくあることだった。
それから1カ月祭と話せるだけ話した。学校でも勇気を出して上級生の教室に足を運び祭と遊んだ。その時に「大橋の子」と呼ばれたことは覚えている。ただ言われるだけで嫌がらせなどは不思議とされなかった。
すぐに祭の引っ越しの日が来てしまった。絶対に泣かない。そう心に決めていたはずなのに私の目からはあふれんばかりの涙が出ていた。祭の乗った車が見えなくなるまでずっと叫んでいた。
「絶対会おうや!約束やで!」
そして、母が脳腫瘍に倒れたのは翌年のことだった。




