第11話 邂逅
私は高速道路から降りて数時間車を走らせ、大橋村まであと数キロという地点にたどり着いていた。
辺りが暗くなってきていたためヘッドライトで前を照らして曲がりくねる山道を進んでいた。対向車は1時間ほど前から見えず、私たちしかこの場所に居ないのではないか。そう思わせるだけの雰囲気があった。
浜野に話しておきたいことはここまでの道中で大体話し終わっており、彼は好んで色々と話すタイプではなかったので車内は静かになっていた。私は彼の師匠をしていた天野美佐と古くからの知り合いであった。
彼女が弟子を取ったと聞いたときはとても驚いたし今でも覚えている。そして私は彼女の遺した弟子をどこか放っておくことができなかった。そういう意味では彼のほうからそれなりに私を頼ってくるのは都合がよかった。
「それで、浜野は大橋村にどんな奴がいると思う?」
彼が今受けている依頼について、より深く聞いてみることにした。
「どうだろう。まだ直接的に対面をしていないから何も言えない」
考えるように彼は答えた。
「ただ、間違いなく人ならざる者は関わってると思う。おそらくは霊的なものではなく実体のあるタイプ。何か呪いや呪詛を持つというよりも物理干渉タイプな気はする」
そう彼は分析する。私たちが人ならざるもの、いわゆるオバケだとか妖怪だとかモンスターの対処をするのは初めてではなかった。
大橋村ので営まれる生活から発せられているであろう光が見えてきたところで私は車を止めた。
「真夜どうした?」
「何か近づいてくる」
こちらに向かって近づいて来る気配がどんどんと強まってくるのを感じていた。
私は車から降りる。
「ちょっと待ってくれ。すぐに渡す」
浜野はそう言いながら後部座席のコントラバスケースを私に渡そうとするが、無理やりシートに座ったまま手を伸ばしているため時間がかかりそうだった。
間に合わない。
道路沿いの森から人影が飛び出す。
弾丸のように飛び出してくる何かに対して、私は距離を詰める。そして自らの加速度と相手の勢いを利用して猛烈な回し蹴りをぶつけた。私はともかく浜野からの距離を取りたかったのだ。
相手はくの字に体を曲げながら4メートルほど後ろに吹き飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がったのち立ち上がった相手の姿が見える。
平安時代の狩装束に能面をつけた人間のように見えた。険しい顔立ちに二本の角の生えたお面。多分般若の面だったはずだ。それと相手は人型をしているが人間だとは思えない。あの蹴りを受けてすぐ立ち上がれるはずなどないからだ。
暗闇の中、相手の右手がきらりと輝く。よく見ると刃物を持っていた。長さ的に打ち刀だろうか?それを私の首めがけて振りかざす。物凄い勢いで間合いを詰めて切りかかってきたが不幸中の幸いか力任せな切り込み方で技としてはなってないな、と私は思った。
振りかぶる刀に対して私は体をかがめ、さらに剣の腹に裏拳を当て軌道をずらす。そして身をかがめたまま体勢を変え、下半身をばねのようにしならせタックルを決める。
姿勢が崩れた相手は両手両足、全身を使い体勢を整える。体の中心から離れた右手に対してすかさず私は組みつく。片腕とは思えない恐ろしい程の力で抵抗してくるが逆にその力を利用して右腕の骨を粉砕する。
ぎゃあというような悲鳴とともに相手は刀を落とし私から距離を取った。女の声だった。
相手は左手で反撃を試みるようだった。暗闇で放たれる人間離れした一撃を何とか身を翻して躱す。その一撃は松の木を大きくえぐった。間髪を入れず私は大地を揺らすほど大きく踏み込みをして相手の腹部に掌底を食らわす。
能面をつけた女はまたしても数メートル吹き飛び、ふらふらとしながら立ち上がった。立ち上がってきたのである。私としては今の一撃で決めたつもりであった。感触としても間違いなく一撃の衝撃で体内の内蔵ずたずたにシェイクできる当たり方だった。しかし相手は、強いボディーブローをくらった程度の様子だった。
しかし、相手にとって致命傷ではないようだが格闘戦では勝てないと悟ったのだろう。すぐに身を翻して森の奥へ駆け、逃げようとする。
私もすぐに追いかけようとするが静かにひゅうという音を聞いた気がした。反射的に頭を傾け飛来する何かをつかむ。
手に何か握った感覚があり、見ると黒く塗られた矢であった。敵には相方がいる。この先の地の利は間違いなく敵にあった。もしかしたら罠もあるかもしれない。いくら夜目が利くといってもここが潮時だと私は悟った。車の方に戻る。
私のカマロの横にはコントラバスケースを抱えた浜野が待っていた。
「ごめん、逃げられた」
「見てたよ」
眼帯をつけなおしながら浜野は答えた。
「相手は女だったと思う」
「あんな怪力を持っているのだと性別とか関係ないだろ」
「それもそうか。それでかぶってたお面、あれは般若だよね?」
「いや、正しくは違うな」
浜野が答える。
「あの面には角がついていない」
浜野はそう答えた。
「いや、いくら暗闇で君の左目ほど前が見えていないといっても夜目は利く方だよ私?角はついてたって」
「違う。”お面”には角が付いてなかったんだよ」
浜野が言わんとすることをようやくなんとなくだが理解した。
「それで、どうする?このまま村に突撃する?」
私はそう問いかけた。相手が逃げた方向は大橋村のある方角であったため村に向かうということはまた奴らと会う可能性がある。だから突撃という言葉を選んだ。
「いや、十分だ。いったん東京に帰ろう。ある程度何を探ればいいか見えてきた」
浜野はそう答えた。
私は車に乗り込みUターンをした。狭い道だったのでサイドターンで車を回頭させた。V8エンジンとタイヤのスキール音を鳴らしてしまったため、大橋村の人が騒音で文句を言わないことを祈った。
「さっきの奴すごい力だった」
私は今さっき相対した相手を思い出しながら言った。
「みたいだな。坂上夫妻を殺害したやつは男だ。だからそいつとは別の奴だろう」
「そっかぁ。まあ、あの村には何かいるの確定だね」
浜野貫之はまた面倒そうなものに巻き込まれているようだった。そんなものがあるかはわからないが彼は巻き込まれ体質なのかもしれない。よくよく考えてみれば彼にとってすべての始まりもあの事故に巻き込まれたことだった。今彼が探偵のようなことをしているのも両親の死後、彼を引き取ったのが天野美佐であったからだ。そう考えると彼の境遇には同情を感じる。
フロントガラスから夜空を仰ぐようにみて浜野はポケットから煙草を出して聞いてきた。
「一服しても?」
「だーめ」




