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窓から差し込んだ朝日で、エリオスの目が覚めた。
いつもは日の出前起床なので、少し寝坊だ。
愛する妻と夜を過ごした日くらいはいいだろうと言い訳をして、隣で眠るラドを眺める。
惚れたひいき目を抜きにして、ラドは結婚する前より綺麗になったと思う。
栄養状態が改善した、という理由もあるだろう。粗食を好む彼女は痩せていたが、一緒に暮らし始めてから、だいぶ健康的になった。
それから何より大きく変わったのは、雰囲気だ。
昔は誰にもなつかない、孤高のカラスのようだったが、今では素直ではない猫みたいだ。言いなりにはならないが、名前を呼んだらしかたなさそうにやってくるところがそっくりである。
昨夜の「暇にさせるなら浮気するぞ」宣言は、エリオスには結構こたえている。
別に悪気はなかったのだ。
クーファンド家のような富裕層では、妻は家事をしないものだし、ラドは信者ではないから神殿にはかかわらないように気を遣っていた。
ラドは剣士でもあるが、道場なんていう異性が多い場所を、ラドが出入りするのは嫌だった。
浮気の心配は一切していないが、いつかラドが旅に戻るのではないかと、エリオスはずっと恐れている。
(かといって、運び屋の仕事も嫌だって……。子どもですか、私は)
ラドがぶち切れるのは当然だ。むしろ、彼女にしては我慢したほうだろう。
それで怒って、家を出て行ったら意味がないのに。
「すみません。ああ、本当にふがいない」
頭を抱えて自己嫌悪に浸っていると、ラドが溜息まじりに言った。
「しょげるくらいなら、もう少し頭を使えよ。賢いくせして、馬鹿だよなあ」
「うぐっ。ラドのことになると、空回りするんですよっ」
「なんでそんなに私のことが好きなんだか、やっぱり分からないんだけどね」
ラドはあくびをしながら起き上がる。するりと毛布が落ちて、朝日が白い肌をさらけだした。お互い、何も着ていない。新婚期間はとっくにすぎたのに、エリオスはいまだにラドの裸体を前にすると赤面してしまう。
「やることやってんのに、なんだよ、その反応は」
ラドはからかうように言って、エリオスの口にキスをした。
「おはよう。んー、起きるか。ああ、かったるいな。――おい、ぼーっとしてんなよ、遅刻するぞ。それから神殿での手伝いの件、しっかり頼むぞ」
「朝食は抜くので大丈夫です」
「はあ? そんなこと言って、朝も昼も食べないつもりだろう。集中すると、他がおろそかになるんだ、お前は。とっととベッドを出て、準備をしろ!」
ラドはさっさと服を着替え、いまだに動かないエリオスに、クローゼットから出した服を投げつけた。
しぐさは乱暴だが、ラドは意外と面倒見が良い。
エリオスは急いで神官服に着替え、洗面をして髪を整えた。薄く伸びているひげを急いで剃ってしまうと、仕事道具の点検をする。
すべてそろえて一階に下りると、ラドが廊下で待っていた。深緑色のワンピースに、黄色いエプロン。もう少し明るい服を着ればいいのにと思うのだが、これが落ち着くのだと返される。どうもラドは緑色や黄土色といった色を好んでいるようだ。
「ほら、五分で食べちまえ。馬車の用意は頼んでおいたから、急いでいけば間に合うだろ」
「ラド、ありがとうございます!」
たった数分だが、朝食の席を一緒にできてうれしい。
ピリ辛く味付けされた卵粥を急いでかきこみ、牛乳を飲み干して椅子を立つ。ラドも立って、テーブルに置いてあった手提げ籠を取り上げた。
玄関に向かうと、執事がエリオスにコートを着せかける。その後、ラドが籠を差し出した。
「ほら、茶を入れてもらったから、馬車で飲めよ。気を付けてな」
「ありがとうございます。行ってきます!」
礼を言って扉を開け、エリオスは引き返してラドにキスをした。
行ってきますのキスは、絶対に必要だ。
ラドはあっけにとられたが、傍に執事がいるのを思い出したのか、顔が赤くなる。
二人きりの時はキスをしても平然としているが、他人がいると恥ずかしいらしい。
「こんなにかわいい奥さんをもらえて、とても幸せです」
「~~っ。もういいから、行けって!」
ラドはエリオスの背中をぐいぐいと押して、玄関の外へと追い出した。
一年経ってしまってすみません; エリオス視点を少し更新。