第91話 切断
そう、おかしな話ではないのだ。
枸櫞が神社姫を取り戻したことで、因果律は上書きされた。
ならば、元の枸櫞の時間から、テルクを介して死人が呼び戻されることだって――だけれど。
雉鞍は驚愕する。
「あれが弐号機だと!
珊瑚くん、覚醒していたのか!?」
すでに十号機からの三機が対応し、その間に負傷した翼を闢が介抱している。
砂浜から浅瀬にかけて、白い三騎と紅い単騎が対峙していた。
猿田彦が苛立たし気に、
『よりにも、あのふたりがいない時を狙って!
また那戯のやつか』
「いや、なにかがおかしい。
ならば枸櫞くんが言っていた、白錫さんや護斗くんはどうしていない?」
『あ――確かに』
「ふたりが戻ってくるまで場を持たせる、手伝ってくれ!」
『仕方ないな、浮島!
やれそうか!』
『ふたりとも、気を付けて。周辺の警戒も忘れずに』
(とは言ったものの――)
厄介なのは、紅珊瑚の特性だ。
あれはフィールドを陸海構わず一律に侵蝕して、いや?
「二人とも、陸の方に誘い込むんだ!
砂はともかく、地層や岩盤が固ければ、珊瑚の侵蝕も停滞するかもしれない!」
『その案、ありかもな』『乗るわ、うん』
(僕にできるのは、敵の動きを見切ること、だけ。
あれを相手して、勝てないにしても――、枸櫞くんへの恩返しぐらいは、働いてやらないと!)
*
「戦っている?
弐号機と、それに雉さんが岩山のほうに誘導しているのか。
ふたりとも」
シトラが頷いて、枸櫞は可音の腕を掴むと砂浜へ跳躍する。
「なにを、いまどうやって」
可音に空間跳躍の理屈を説いている暇はなく、どころか翼が目の前に、血まみれで倒れている。
「見事に、足首をやられましたか」
「――、斬るのを手伝え。
斧の幅が足らない」
「い゛」
可音が声を上げる。流石に申し訳なさそうな顔をしているが、血を見るのは苦手らしい。
「まぁ、仕方ないですね。
闢くん、きみは犬吠埼先輩を支援して。
僕は後から行くつもりだが、珊瑚くんの珊瑚くんを飽和するなら、きみのミサイルを浴びせて火力で叩き出すのが早い。
遠慮する必要はないぞ、いまの珊瑚くんなら、その次にはネーレイスの力で対処してくるはずだ。向こうの目的と手札を暴かないと」
この前、八岐級の一部を吸収していたはず。今の彼なら、それぐらいは活用できてしまうだろう。
「ですけど、翼さんが――」
「俺の方で、なんとかする。
行ってくれ」
枸櫞の視線には、有無を言わせないものがあった。
闢は大人しく指示に従う。
そうして砂地には、二人だけが残った。翼が呟く。
「――、思念武器と同じか」
枸櫞はマスターキーの幅をヤヲ因子の効果で強引に拡張し、それは白い石灰質のナニカに変質している。
「太腿の付け根でいきます、麻酔ないんで、気張ってください」
「わかってる。日頃の鬱憤を晴らす、いい機会じゃないか」
「くだらない……ちょうど薪があったから使います」
枸櫞は足首を押さえつけ、彼の足首を砂地で両断し、患部を焼いて止血する。
あらかじめ近くにあったタオルとヤヲ因子を定着させることで、それを強引に補強した。
そういえば、シトラがいない。
八号機に戻ったようだが、
「無理もない、結局あれは、幼い子供だ」
「――、しばらくそのままで。
医療キットを人形から持ってきますよ」
「……おう」
見てくれから失血が激しい。輸血を考えなければならないが、調度できるだろうか。
本当にこれを、珊瑚くんがやったのか?
彼の性格なら、あり得ないことではないけれど。
これに那戯が関わっているのかも、判然としない。
目的が公然としている以上、艦隊単位の物量で包囲殲滅、が定石だろうし。先が思いやられる。今度は珊瑚くんを、共鳴者たちに殺せと。
(冗談じゃ、ない。
珊瑚くんに、誰も傷つけさせて、堪るか)
*
「すいません枸櫞さん、逃げられました」
「――」
枸櫞はその報告を受けて、内心ほっとしたまであるが、表情は複雑だった。嫌なやつとはいえ、翼の足が喪われたのは、よくないことだ。これが仮にほかの面子だったとしても、申し訳が立たない。
「……これ、一度テルクから現世に戻るべきだと想う」
可音の提案は、尤ものことだった。
「負傷した翼くんに、治療を受けさせないといけないし、私ら全員、那戯を相手に万全とは言えないでしょう?
復活した珊瑚くんの動機も読めないとなると、どのみちジリ貧だよ」
「わかりました」
枸櫞は納得していた。
「こちらで十三号機に、ヤヲ因子を補給します。
八号機以外は、それで帰れるはずです。
美岬嬢はまだテルクにいるはずですから、交叉先輩と理事長たちに接触することを優先してください」
「枸櫞くんは、どうするつもり?」
「珊瑚くんがもう一度やってくるとき、ケジメをつけるのは《《俺》》です。やらせてくれませんか」
「だけど、この先いつ私らがこっちに来れるかだって決めてないのに」
「――、最初は独りでも、やるつもりでしたから」
実際、枸櫞はヤヲ因子さえ現地で調達できれば、経戦は可能だ。
「ならば俺も遺る」
雉鞍に肩を借りる翼が言うと、みなぞっとした。
「その足でなにができるってんだ!?
壱号機も持ってかれたままだろう」
ところで枸櫞が言った。
「伏馬先輩には、次来るとき、十三号機をまた導いてもらわないと」
「――、俺にそれを求めるのか?」
「ほかに誰がいるんです」
翼はやれやれと肩を竦める。
「すぐに戻ってきてやる、お前を倒しにな」
「いつでもどうぞ……」
探査組が首をかしげる。ふたりの折り合いが悪いのはうすうす察していたが、殺し合いに発展したところまでは話せていないし、仕方ない。
「犬吠埼先輩、戻ると決めたら、なるはやでお願いします。
シトラと僕はいつでもやれますけど、珊瑚くんが復活した手前、ほかふたりが同じようなことになってたら、――流石に覚醒済み含む共鳴者三人相手とか、手に負えませんから」
「うん。気を付けてね、天充くん。
私たち誰も、きみがこっちで戦い続けてること、忘れられないだろうから」




