第90話 なざれんこ
龍宮探査は軍から提案されたものだった。
当時、理事長の主導で進められたそれが強行された背景には、那戯の死が絡んでいたことに違いない。テルクの起源とネーレイスの正体を探るための試みだった。
「元からこの探査は十三号機による限定的転移頼りだったから、十三号機だけはやられてはならなかった」
「先輩たちが消息を絶ってから、先輩たちの時間は」
「止まっていたようなものでしょうね。
経過時間に対して、身体に変化を感じないわけだから。
最後の記憶は、ネーレイスの群れに海中で囲われたときのもの。おそらく直後に、海軍のほうで十三号機が回収された」
「――」
「琉稀と付き合ってたって話だけど……その、残念だったわね」
「まだ、この戦いは終わっていませんから」
「そう。
那戯を倒せば、きみの戦いは終わるの?」
「どうでしょうかね。
浮島先輩がやったように、いま俺を襲うという手もありますよ。
もっとも、那戯を倒すまで、みな手札が下手に減ることを望まないでしょうけど」
「洒落にならないわね、私は終始遠慮しておくよ。
……共鳴者全員が、話の通じる相手とは限らないけどさ。
那戯は言わずもがな、ヤヲ因子持ちはみんなどっかしら箍が外れてるとこあるから。
全員が争わずに済む方法って、なかったのかな」
枸櫞はシトラを抱えて言う。
「難しいんでしょうね。
力で互いを黙らせることも、できないではないでしょう。
だけど例えば、俺のようなのが那戯や、ネーレイスの復讐にかられる伏馬先輩のようなのと、本質的に折り合いがつくと想いますか?」
「それは……」
「確として求めるものがあるやつは、そも目先の勝ち負けなんて関係ありませんからね。
彼らのようなのは強いですよ、僕はテルクもネーレイスも、その在るがままを願っていますけれど、白黒をはっきりつけたがる、信念だとか、妄執にも等しい――いや、この辺にしときましょう。
この場は闢くんに任せて、この島での物資を調査します。
テルクの水は、濾過と煮沸を行えば、一応飲めるものにはなるようですから」
「火を起こす、薪なんかが必要だね」
「はい」
枸櫞は向こうにある、独特の青黒い色をした林を見据える。
「しとら、わかるよ。
つかっていいやつ!」
「そうなの?
じゃあ行こうか、一緒に……彼女が案内してくれるそうです」
前に来たときとは、また植生が異なる。
幻想的というか、
「テルクのお花の蕾って、宝石みたいね。
というか、電飾でもないのに、蛍みたいに自分で光ってる。
どういう原理なのかしら?」
「ネーレイスのことだって、僕らはよくわかっていませんけど、テルクの陸にもいろいろ知らないモノが溢れているんですね。
シトラ、前のときは、薪なんて教えてくれなかっただろう?」
「んー、なざれんこが?
しげん、しらべてた、せんしぶんめーの?」
「……シトラが帰ってきてくれてよかったよ、ほんとに」
姉さんもそうだったけど、海坊主にくっついている間に随分と向こうのことに詳しくなっていたようだ。
「なざ――それ、姉さんが言ったのか?」
「あの子らしいセンスね」
知っている人にはわかるらしい。可音の口ぶりからして、いつもの傍若無人ぶりがあちこちで発揮されてた生前を思い返す。
「僕と伏馬先輩は、いやでも那戯と決着をつけなきゃなりません。
ですけど先輩たちは、あいつを相手に戦うって、この先、どうです?」
「正直、いまもみんな、心がふわふわしてるんじゃないかな。
那戯がああいう人間なのをわかっていないわけじゃないけれど、敵として冷静に、踏ん切りがつかない。
たぶん、また死にかけることになっても――私はあいつがやってきたとして、とどめを刺すほど覚悟は決まらないかも」
「……それで、いいんだと想います。
魔性をまともに取り合う必要なんて、ないんですから」
*
「天充は?」
「さっき、犬吠埼さんと薪を集めに、斧を持って」
鮫人の予備キット内に詰まれたマスターキーは、鮫人というより搭載した外部拡張機材の処分用であった。もっとも、本来の用途で扱われることがまずない。
翼は嘆息して、海の向こうを見やる。
「今の合間に、ネーレイスでも来られたら厄介だが」
「この上ですか?
枸櫞さんも俺も、連戦続きだったんですからね。
こんなときに来られたら、ひとたまりも――」
そのはずが、見覚えのある紅色の珊瑚が、突如として砂浜に膨れ上がる。
「まずい!?」
翼は闢を庇って突き放す。代わりに自分の左脚が、珊瑚の侵蝕で奪われる。ちょうど、闢は枸櫞が持って行ったのと同じ斧を抱えていた。
「そいつを寄越せ!」
「!?」
闢はそれを投げて寄越し、翼は足に絡まっていく珊瑚を削って、海に腰をついた。
「紅い珊瑚――って、まさか!」
想えば、シトラが帰ってきた時点から、彼らが戻ってくることは考えられることだった。だけれどよもや、敵として……?
(枸櫞さんに、なんて報告すればいいんだよ!?)
闢は歯噛みするほかなかった。




