第89話 帰ってきた
「説明は省いたけど、あいつの衛星には、テルクのあらゆる座標を計測する機能が盛り込まれていたの。
地形や気象は言わずもがな、因果律を含む、あらゆる情報を――これで奴はしばらくの間、迂闊に因果を書き換えたりできないはずよ。枸櫞が因果律の眼、と呼んでいたものだけれど……、那戯もまったく同じ名前で呼んでたわ、不思議ね」
「いうほど、でもない」
枸櫞はあっけらかんとしている。
「……あいつのことは許せないけど、あいつの虚無感の正体は、なんとなくわかるんだ。
あいつは元々、才能を持っていたし、総てを手にしていたに等しい。実際、ヤヲ因子による復活まで手に入れたわけだし。
あいつは無意識のうち家族が欲しくて、美岬を造ったんだろう、愛したかったからじゃない、自分には人並みの関係が培えると証明し、顕示したかった。
だけどあいつは、造物主の座から降りられない。
神に等しくは成れても、王や人の統治者にはならない――だから、排除しなければならない」
「――、大変だったね」
姉はまた、枸櫞を優しく抱き寄せる。
「……枸櫞、私また、ちょっと眠るね」
「姉さん?」
「その代わり、枸櫞がずっと待ってた子が、帰ってくる」
「――」
因果律の眼を壊したことで、艦隊が沈黙した。
同時に……変化が起きている。
「く、えん?」
「シトラ?
シトラ、なんだよな」
姉が眠ると、それは幼い童女の姿に置き換わる。
ついに、シトラが帰ってきた。
「うん!
シトラ、くえん、いっぱい頑張ってくれたの、覚えてるよ」
「――、ありがとう」
そこへ、闢が口を開く。
『それで、あとは。
泉客那戯を倒して、美岬姉さんを助けるんですか』
「そう、なるかな」
『少なくとも、シトラは戻ってきてくれたんですから。
大丈夫ですよ、枸櫞さん。
きっと、枸櫞さんと俺の元居た時間に戻れます、から』
「あぁ……そうだな」
元居た時間へ戻ることは、前提として。
シトラを取り戻した代わり、檸檬が眠りについてしまった。きっとテルクでなら、またいつでも会えるけれど、寂しいものは寂しい。――本当にこれで、いいんだろうか?
(ただ元の時間へ戻るだけで、済ませるのか……)
翼が言った。
『やつの倒し方は考えているのか?』
「ネーレイスを分解する、例の力です。
威力は衛星の破壊で証明できてますし、今度、那戯の意識が表出する場所におびき出して、やつと美岬嬢、ヤヲ因子の繋がりそもそもを断ちます。
あいつには個とか、本体と呼ばしい概念が現状ないに等しいですから――意識の在りかを固定しないといけない」
戸惑っているのは、可音だった。
『おびき出す、ってどう……』
「それをこれから考えるんです。
一向にセドナの行方は掴めませんし、まずはまた小休止ですかね」
海上へ上がると、すでに艦隊がいない。
『撤退、したのか?』
「としか見えませんが、一回また、さっきの陸へ行きましょう」
*
「……思えばテルクで、大陸ってものにかち合ったことがないんですよね。
ネーレイスが出るたび、色んな座標へ飛ばされますけれど」
『のわり、先史文明の遺構は地形を問わずに遭遇する。
ネーレイスや鮫人が、先史文明に関わるものであるのなら、それらを彼らが造ったというのも、あながち間違いじゃないんでしょう』
可音の言葉に、枸櫞は頷くが、
「こんなだだっぴろい海の星で、セドナなんてどう探すってんだか――」
『焦ってもしょうがないでしょう。
那戯が永らく探して補足できない以上、私たちが下手に動いて接触しようとすれば、そのほうがあいつの計画を早めてしまう可能性だってある』
「犬吠埼先輩は、どう思うんです。
テルクの王権だとか、なんとかって。
バトルロイヤルに本気ってわけでもないんでしょう?」
『私の場合はまぁ……この海の王になれたところで、ネーレイスを必要としていないから』
「――」
陸に上がると、みなが砂浜に降りて、顔合わせをする。
枸櫞はまず、可音と握手することになった。
「ねぇ、女装とかしたことある?
ほんとに檸檬ちゃんそっくり――」
「あはは、よく言われます」
最後に女装したのは、あの男をテルクで処分した日になるが、そんなことを話す必要も理由もない。
それとさっきから、シトラが結構きつく、首に巻き付いている。
「ぎゅうううう」
「……よしよし、どうしたんだシトラ」
可音に対して、妙にあたりが強い。
「安心して、シトラちゃんの枸櫞くんを盗ったりしないから」
「なんか、すいません」
「いいのいいの、こうして生きてまた話せるだけ、私らとしても感謝してるんだから」
「先輩。さっき言ってたこと、お聞きしたいんですけど。
ネーレイスを必要としないって、どういう――」
「そのままの意味だけど。
シトラちゃんを前に言っていいかはわからないけど……世の中、大切な人やものを喪うなんて、それが必然のことなのに、ひとは無力な自分を恥じて、その人らなりに欠落を埋めようとするでしょう?
そのとき、テルクやネーレイスと言った、超常の力を欲するのは、過酷な事実をまえに、そうでもなければ補えないから。
私はヤヲ因子を得て、鮫人に乗ってからも、そこまで差し迫ったものに見舞われなかった。それだけなんだよ、きっと。
ただまぁ、現世に残してきた、父さんたちのことは心配だけど」
「――、そう、ですね」
そんなもの、なのかもしれない。
そして四人の家族の顛末についても、枸櫞はよく知っていた。
いなくなった四人を待って、いまも懸命に生きている。
鮫人に関することに協力してくれなくなったけれど、責任は軍と泉客グループにあることだ。
「探査の時、あなたたちの身に、なにがあったか。
聞かせてもらっていいですか?」




