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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-  作者: 琉璃宿命
19.

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第92話 王様になれる人

「くえん……?」


 コクピットで抱えたシトラが、僕を上目遣いで覗き込む。


「だいじょーぶ?」

「わかんない」


 枸櫞は苦笑した。

 珊瑚くんが生きてるってことは、たぶんシトラに引かれて戻ってきてるんだろうけど、その理屈だと、琉稀と護斗も戻ってこなくてはいけない。ただ、因果律の書き換えから事象の整合が取れるまでに幾分かの揺らぎがあるのは、おそらくそうなのだ。

 ヤヲ因子による事象の書き換えがどこまで許され、抑止力的なものが世界にどう働きかけてくるかは未知数なところがあるし。


「くえん、うごこ」

「うん……どこへ行きたいんだ、シトラは?」

「くえんといっしょなら、どこでも」



 シトラと久々に二人きりになれて、ふと想う。


「泉客へ来てから、色んな人と会ったけど、みんなと喧嘩ばっかりしてる気がする」

「くえんがわるい」

「おー、そうか。シトラは頭がいいな」


 シトラにそう言われてしまうと、もはやぐうの音も出ない。

 復讐を提示し、自分を鮫人に乗せた美岬。

 美岬すら利用し尽くして、他者の尊厳を嬲ることを厭わないながら、その実虚無的な男、那戯。

 兄妹に振り回される理事長。

 初めて対抗してきた共鳴者、翼や護斗。各々に目的があって、守りたいもの、叶えたい願いがあった。

 それが正当か不当かを問わず、海原の魔性が総てを呑み込んでいくんだ。


「シトラは、ネーレイスが何処から来たのか。

 テルクがどこへ向かおうとしているのか、きっと――知ってるんだろう?

 知ってても、俺に全部を教えてくれるわけじゃない。……言葉で足らないって?」

「てるくはずっとあるよ。ねーれいす、いないころから、とまったせかい。

 ねーれいす、みんながそうよぶモノ、たべる、わからないの」

「食べるが、わからない?」


 シトラは頷く。


「おかしいのは、みずこだけ。

 たべられるは、わかる。にんぎょ、みんながくえん、まってたから」

「――、どうして、俺だったんだ?

 王様になれるひと、鮫人に乗れるひとはこれまでも沢山いたはずだろう」

「たぶん……おーさまにすごくちかいの、くえんとなざれんこ、それとさんご」

「なんで?」

「くえんとさんごはねーれいす、たべる知ってるから。

 なざれはじぶんではたべないけど、すごい、しらべてる」

「よく分からんが。そろそろ姉さんに聞いたほうがいいか?」

「ぶぅ……せっかく久しぶり、くえんとわたし、いっぱいお話してるのに!」

「ごめんて、シトラが色々教えてくれるだけで、大助かりだよ」


 そうして童女の頭を撫でていると、またそれの等身が揺らいで、


「あーあ、シトラちゃん拗ねちゃった。私とあなたの子なのに」

「……姉さん、毎度裸のノルマでもあるのか、服着ろよ?」

「私の身体に恥ずかしいとこなんてないんだし、枸櫞だけ見てれば問題ないでしょ」


 自信満々に語るのだ。


「あら、欲情しちゃった?」

「――」「ちょっと、急に黙らないでよ」


 なんとなく、シトラが姉さんの言っていた通り、僕との子だったわけが、今になって実感できる。姉さんと僕も、なるべくして最初ハナからそのような魔性だったんだろう。人間の倫理や規範はそのようなものがあると理解はしているけれど、正義とか悪逆とか、結局その言葉や理屈を、どこかしらで軽んじてしまう。近親婚が道義的にダメだろうと、それに対する社会的な抜け道を、人外の道理からこさえてしまうわけだし。




 どうせ二人きりだし、ここで自分を抑える理由もなかったのだ。

 一度は那戯によって、この絆さえ奪われかけた。僕は、不安だったんだろう。

 まぁちょっと、琉稀先輩には悪いと思ってるけど。


「いっそ、姉さんがテルクの王ではダメだったの?」

「それはたぶん……私はテルクで死んだ訳じゃないからね」

「あぁ、だけど王権の争いには出れるだろう、曲がりなりにも共鳴者なんだし」

「もうひとつあるとしたら。

 私はさ、枸櫞に愛されてる私、が、世界でいちばん好きなの、さ。

 芸能だって、枸櫞の前でいちばんかっこいい私を魅せたくて始めたことなんだから。

 テルクの王権なんてなくても、私はとっくに満たされてた。

 もっとも、テルクがあって初めて、自分で自分を認められたところはあるけどね。

 人ではなく、それこそ魔性の道理のなかで、私ははじめて、本当に私らしくあれるんだから」

「ちょっと、あんまり健気なこと言わないでよ」

「興奮するって?」

「わかってんじゃん、相変わらずだな……たださ、それでも」

「?」

「姉さんがただ、人として幸せに生きられる世界がないのは俺、嫌なんだよ」

「枸櫞――」


 彼女の背中に頭を埋めると、その頭に手が伸びて置かれた。



 人の裸には大概文句つけるくせに、自分もケダモノじゃないかと、それから言われた。

 どうしてシトラや姉さんは、的確に正論で僕を傷つけるのが上手いんだろう?

 でも、もういいかもな。二人といるだけでも、満たされて、楽しくて。この歓びを奪おうと牙を研ぐ輩がいるの、一瞬、忘れかけるほどに。

 僕のやるべきは、決まりきっているのだけれど。


「琉稀のことはあずかり知らないけど、美岬ちゃんのことはどうするつもり?

 那戯の傀儡である以上、あれと切り離すのは難しそうだけど」

「手はないじゃないから、ギリギリまで諦めない」

「私だったらまとめて滅ぼすかなぁ、うちの弟をここまでコケにしてくれたんだから」

「――、まぁ、お世辞にもいいやつじゃないんだけどさ。

 言うほど悪いやつでもないんだ。

 泉客の兄妹はろくでもないけど、那戯は見事に人間を再現し、模倣した。彼女こそ、那戯が人間と文化を軽んじていない証拠だよ。

 おぞましい話だけど。

 ……あぁ、そうか。俺は泉客那戯に、自分で編んだ“人間”を否定させたくないんだな」

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