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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-  作者: 琉璃宿命
19.

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第93話 珊瑚との対峙

 檸檬は怪訝な顔をする。


「どゆこと?」

「問題はそれより、珊瑚くんだ。

 ほぼ間違いなく、時間軸の改変の影響を被っているけれど、那戯の仕業には思えない」

「けど、あいつには、これまで散々酷いことされてきたじゃん?

 珊瑚くんが操られてるとしたら、現状もっとも確度が高そうに想えるけど」

「奴の手口は悪質だけど、いまさら姑息なことをする必要がないだろう。

 いつだってそうだ、美岬という器も、元から彼が自分のために造った道具である以上、本来美岬嬢個人の自発的意思なんて問題とされないはずだったんだから」

「かもしれないけど……なんでこう、魔性ってのは認知的不協和のラインを易々踏み躙っていくのかね」

「人間が本当に理性的な存在へ昇華できない理由が、おおよそそこに詰まってるまである。法の番人より、気まぐれなやくざのほうがみんな向いてる」


 姉さんとの目先の欲に溺れるため、魔性の道理を都合よく持ち出してしまう僕なんかも含めて、だ。認知的不協和、有形ではなかれ、口先では人々が尊厳と呼ばしめるものら。

 本当のところ、人間は自分の都合で物事を進める際には、大なり小なり他者の時間や立場を都合よく扱うもので、システムとしてそうなっているものだ。

 だからこそ、声が大きいものの主張が真っ先に大手を振るう。


「シトラが言ってた、珊瑚くんが王様に近いって話。あの子、気弱そうというか、いつも手負いの獣みたいというか……あんまり、器には感じられないんだけど」

「だけど、自分を貫く芯の強さは持ってる」


 自分らしさが正しさより早く先行し、それで後悔することになっても、彼のようなのはその習性から逃れられない。


「まぁ、ネーレイスの言うところの王様ってのが、人の統治者と同義とは想わないよ。珊瑚くんの気質で、人を使うのは難しいだろう。

 この時間軸での彼は、伏馬のやつが介錯したはずだ」

「なぜ彼が、真っ先に復活したの?

 ほかの二人ではなく」

「僕は多分、覚醒した鮫人を扱っていたことがトリガーなんだと想う。

 それでどうしたら、僕らに危害を加えることになったか。

 いい加減、見極めないと。

 その時は、砂浜にいた闢くんや共鳴者たちを狙っていたようだし、まだ混乱しているのかも」

「枸櫞さ」

「なに、姉さん」

「本当にお人好しだよね。だからいつも、心配になっちゃう」

「それは……」


 自分の身もろくに守れなかった、姉さんに言われても。

 枸櫞はそんな言葉を呑み込むけれど、ふたりの間に重苦しい沈黙が流れる。


「姉さん。僕はべつに、王様である権威になんて、執着していない。

 ただ、身の程を弁えることもなく、傲慢と粗暴を振りかざす輩を前に、それを裁きうるだけの力があって、それが《《俺》》という存在に、当然のようについてきてくれただけなんだ。力に応じた義務を果たすことを、苦しいとか感じたことはないし、きっとこの先もそのあたり、僕は鈍いまま生きてけるんだろうね。

 義務は果たす――テルクとネーレイスたちが、ありのままで。それがこれ以上無作為に現世うつしよの人間を脅かすものではなくなって……きっと、姉さんと僕なら、できるよね。

 そうしてシトラは、僕らの元に生まれてくれたんだから」

「――、ごめんね、枸櫞。

 ずっと私のこと、重荷だったでしょう?

 あなたを傷つけるつもりなんてないのに、私の性根はどこまでも卑しくて、この結果にしかなりえない。悔いることさえ、できないの」


 姉さんは自分の明確な加害性を認知していて、抑えられないが故に。

 だから僕とあなたは、魔性足りうるんだろう。

 あなたに傷つけられたのは、たぶん言葉の通りだ。だけれど僕自身とてその退廃を拒めず、寧ろそれを褥にしているまであるんだから。


「愛してるわ、ずっと私の下に縛り付けておきたくなるけれど、琉稀や美岬嬢があなたを手放せないこともわかってる、ふたりに同情だってしちゃう。

 ……みんな、あなたの欲するものすべて、取り戻しましょう。

 それがどうにもならない私たちの、本当の復讐の始まり」


 ふたりは手を重ね、指を絡めあった。


*


 次の夜、砂浜へ再び現れた弐号機を前に、枸櫞は呼びかけた。


「珊瑚くん。きみの意思なんだろう?

 砂浜にいたみんなを襲ったのは。まだ混乱しているのか、それとも」

『泉客那戯に、唆されているんじゃないか、って?

 みっちゃん、それはないよ』


 枸櫞は呆気にとられる。あまりにはっきりとした、自発的な敵対の宣告だったから。


『あまり、見くびられても困る。最後にきみだけ、きみだけが残れば、それでいい。もうみっちゃんが背負うことも、傷つくこともない。王になんて興味ないけれど、きみが王になったとき、刃向かうものはいない方がいいから。伏馬先輩なんて、獅子身中の虫もいいところだろう。闢くんを庇うとは思わなかったけど。きみ以外の共鳴者はすべて、敵だ。取り敢えず、みっちゃん……八号機が有したネーレイスの因子を差し出してくれないか。そう、シトラのことだ。その子がいると、きみを惑わせる。きみのお姉さんも同類だけど』

「それを僕が受容しないことを、珊瑚くんならわかってくれると思ってたんだけど。

 なにがあったか、僕のこと愛しているなら、まずは答えてくれないか」


 少しして、珊瑚からの返事があった。


『あのとき、三つの道があった。

 そう、弐号機が覚醒したときだよ。

 湾内できみに止めてもらうか、伏馬先輩に殺されるか、発令所諸共、美岬嬢たちを潰すか――こうして自分を取り戻して、それをわかったんだ。

 同時にみっちゃんが、シトラとともに何を背負いこんじゃったのか』

「――」

『那戯を止める力が欲しいなら、僕だけいればいいだろう?

 そのための力を、僕は持っていて、なにより僕はきみを愛している。そこのふしだらな姉よりも、ずっと、きみをだ!』


 弐号機の背後から竜の首が伸びる。吸収した八岐級の因子から、そのまま力を引き出しているんだろう。それだけなら、枸櫞にも同じことができようが――、


「へぇ……」


 首の横からは紅珊瑚で象られる、七対の腕――翅のように、夜空を遮っていく。

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