第94話 檸檬vs
檸檬が枸櫞へ訴えかける。
「枸櫞。この戦い、私にやらせてくれない?」
「どうしたの、急に。鮫人なんてろくに使ったこと、ないくせして」
リターナーを扱えるシトラならまだしも、この土壇場で姉が賭けに打って出ること自体、枸櫞には怪訝なことだ。
「なんとなくね……これは枸櫞じゃなく、私がやるべきことに想えるの。
枸櫞があの子と戦えないとは想わないよ、ただ。
あの子は、シトラを要求したでしょう。
私とあなたの子――」
「……そういうこと、ね。
だったら一緒にやってくれ。
シトラじゃなく、僕の身体を使ってよ、姉さん。
それが条件だ。そしたら僕は、手を出さない」
「!」
少しして、檸檬は頷く。
無論枸櫞は、危なくなれば、身体の制御を返してもらうつもりでいたが。
「うん、ありがとう、枸櫞」
*
「天充檸檬――か。
そう、またみっちゃんのことを……誑かすんだね」
『会ったこともない相手に、随分と疎まれたものだわ。
うちとしたら、そう珍しいことじゃないんだけど』
芸能人あるある、見知らぬ他人の僻みをいつの間にか買っている。
そういうのであれば、檸檬からしたら馴れたものだったが――、
「会う前から、あなたが嫌いだった。身内という関係に胡坐をかいて、死んでなお、みっちゃん――枸櫞くんのことを傷つける、あなたが許せない」
『そう』
「あなたさえいなければ、いやあなたに限った話じゃない。
美岬嬢のように、野心と悪意がわかりやすいなら、まだマシだ。
天充檸檬、あんたが彼を、いつだって、人魚の魔性へ引きずり堕とすッ!!!」
『借りるわ枸櫞、思念武器』
生前鮫人へ乗ることのなかった檸檬は、自身の思念武器は持っていない。けれど、最愛の弟の戦いぶりを童女の眼を通して、いつも見てきたのはそうであって。
彼の戦輪と鎖を巧みに操り、珊瑚からの攻撃を凌いで、弐号機へ接近する。
『無駄に本数の多い腕、さっさと削ぎ落してあげましょうか』
「やはりそうか。
あんたは天充檸檬であって、天充枸櫞ではない」
『どういう?』
「さぁな」
『!』
枸櫞なら、こちらの見た目なんかに振り回されたりしない。
背面の腕に気を取られ、それを数本削り落とす間に、こちらがカウンターとして足元に仕込んでおいた大蛇の首が突き上げて、八号機はそれをもろに腹で受け止めてしまう。
「あんたは傍らで見ているだけだった!
僕はずっと、彼と肩を並べるために、戦っているんだ!」
『きゃッ!?』
「覚悟が、違うんだよッ」
*
結局弐号機背面の珊瑚腕は、彼の力で即時補充される。
八号機は後退する。
「ウォーミングアップはこの辺にして……枸櫞、ひょっとして興奮してる?」
(ノーコメント、で。彼、やはり強くなったよ)
「あれ、枸櫞の戦友でしょう?
粋がるだけのものは、流石に持っているわね」
「シトラも、たたかう!」
「あらまぁ、別に眷属体使ったっていいけど、ここで使うのは、なんか違う気がする。いい子だから、もう少しだけ、私に任せてくれない?」
(次しくじったら、あとがないよ。珊瑚くんが僕を殺すことはまずないけれど)
「私とシトラに対して、その限りでないって話ね。
……なんだっていい。ねぇ、珊瑚くん」
『あ?』
「いつも枸櫞を真剣に愛してくれて、ありがとう。
枸櫞の家族として、お礼を言わないと」
『あんた、どうかしているんじゃないか』
「そうかな。だけどあなたも、随分と魔性らしい」
『――』
「あなたも私も、同類よ。
社会にそれを認められることはないとわかっていても、枸櫞をひとりのひととして愛している。テルクの王様だから、じゃない」
『それが?』
「私はそういうあなたを、気に入っているの」
『この――ッ』
「すーぐむきになっちゃって。
さて、枸櫞。こっからどうしようか?」
(姉さん、やっぱりアドリブ力で乗り切ろうとしてたんだね――これだから天才型は)
「枸櫞はちゃんと私を、天才だって認めてくれてたのね、うれしいな。
もっと早く聞きたかった」
『これで終わらせる、あんたとシトラは!』
彼は領域単位で戦場を支配しようとしていた。
陸以外の四方から、無数の珊瑚と大蛇の首が伸びて、あっという間にドーム状の天蓋を形成する。
(珊瑚の展開が早過ぎる、昨日までの攻撃からしたって、ここまでの柔軟性はなかったはずなのに、これはなにか、手品がありそう)
「わかってるよ、ねぇ枸櫞。
私だって、負けるために戦ったりしないよ。だから――」
天充檸檬は、突如として唄いだす。
物哀しい、人魚の唄を。
*
計器を見て、珊瑚は苦い顔を作る。
「ほんとうに、なんでも持っている……唄、か」
それを軽んじているつもりはないけれど、敬遠しているところはあった。自分は唄に興じるほど、いい声を持っている自信がない。あの姉弟は、わりとそういうものが好きそうだけれど、それはそういう“生まれ”だからじゃないか、と。
『あなた、根拠のない自信とか、信じていないでしょう?
直感に委ねるのは大事なことだよ』
「何を言って――」
『枸櫞への愛に、あなたは理屈なんて必要だった?』
「そう言うあんたは品性もなく、また何度だって彼を傷つける!
許せないんだよ!」
思念武器の鞭を、紅珊瑚で強化する。ウィップの各所に、侵食する細かな棘が仕込まれていた。それはしなやかに、八号機の手首に絡むが――手繰り寄せられてしまう。
『あぁ、掴まえた』
「捕まったのはあんたのほう――」
しかし直後、彼はコクピット内でひとりもんどりうつ。
「なにを――くそ、こっちの力が届いてない!」
唄が彼の力の発動を、途中から妨げている。
八号機はふたたび空いた方の腕で戦輪を投擲し、弐号機の全身を刻んでいく。
『シトラ、一緒にお唄、唄おうか?』
『うん!』
「お前たちッ!?」
天充檸檬を相手に、珊瑚の敗因はただひとつ。
自分の唄を、見つけられなかったことだった。




