第95話 煽らない
檸檬は投降して、砂浜に腰を下ろす珊瑚を前に、したり顔で、
「悔しいねぇ、悔しいよねぇ?
枸櫞を独り占めしたかったんでしょう?
ごめんね、だけどこの子、私たちの財産だから」
「煽らない、姉さん」
「――」
忸怩たる顔で俯く彼。
枸櫞はしゃがんで、問い質す。
「話したいことは沢山ある。
正直、伏馬の足を奪ったことに、誤魔化しはきかない。
あいつはそんなこと、気にも留めないだろうけど」
「手厳しいね、みっちゃん」
「本当は真っ先に、戻ってきてくれてありがとうって……そう伝えたかったよ、だけど。
僕らの敵は那戯であって、ほかの共鳴者たちじゃない。
僕のためだとしても、こんなことを僕は望まない」
「そうだね。みっちゃんのため、なんて言わないよ。
結局僕も、魔性とそう変わらない。
それに言い訳するつもりなんてないけど、きみの意思を無視してでも、理想のきみを欲してしまうわけだから。
どうしようかな。今更みんなのところへ戻るには、虫が良すぎる」
「いや、戻ってきてくれ。
珊瑚くん、僕にはいつだって、きみが必要だ」
「ほんと、容赦ない……」
枸櫞が手を引いて、彼を立たせた。
弐号機にはすでにヤヲ因子を供給し、四肢を復元してある。
「きみはきみなりに、共鳴者へ勝利する算段があるんだろう。
新しく、なにを見つけた?」
「戦い続ける方法、かな。
テルクにあるものは、取り分け海洋生物にまつわるものがそうであるように、大方がヤヲ因子に紐づけられるだろう。
僕はテルクで自分を取り戻して、弐号機の力で、珊瑚をビーコンにして、島単位の因子をバックアップできるようになった。
見つけたのは、半重力場化した浮遊島を複数だ。
この島には比較的大きな岩盤があるけれど、テルクの多くの島は、ネーレイスでない生物の代謝、それこそ旧い珊瑚礁の堆積したようなものでできていて、それらはそのまま純度の高いヤヲ因子を有している。
僕は空間跳躍をうまく扱えないけど、みっちゃんの力と併せれば、那戯より速く動くことだってできる」
「なるほどな。よくやったよ、珊瑚くん。
やはりきみは、僕の自慢の親友だ。
そろそろ護斗くんと琉稀さんを取り戻さなきゃならない。
協力してくれるか」
「それと美岬嬢も、なんでしょう」
「あぁ」
「――、元よりそのつもりだけど、いいかな」
「?」
珊瑚はぼんやりと、テルクの星空を仰ぐ。
「なんで僕は、勝てなかったんだろう」
「……べつに、誰かに存在意義を委ねるのはいいんだ。
俺にしても、姉さんがいなければ、生きていけない時期はあったけど。
それが形として喪われていたときだって――僕は、唄の中でなら姉さんと繋がっていられたから。珊瑚くん、自分の唄を見つけるといいよ。
そのとき僕らは、本当の意味でまた繋がれる」
ところで、噂をすればなんとやらで。
『野郎のお涙頂戴とか、流行らないわよ』
壱号機に乗った美岬が、浅瀬に現れる。
「そろそろ来るとは想ってたよ、美岬嬢」
『――』
「同情はする。生まれてからここまで、きみは那戯の手の上で踊らされてきた道化だ。だけど……約束は果たしてもらおうか」
『きみたちの望みは叶わない。
これまで王権の争奪戦がうやむやにされてきたのは、覚醒した人形の数がろくに揃わなかったからでしかない』
「どういうこと?」
『枸櫞くんならおおよそ察していると想ってたんだけど。
あのひとは既にセドナを手に入れている。後は先史文明の遺構をもとに、儀式を行えばいい。それが終わればすべての鮫人は役割を終える、ヤヲ因子による事象や因果の書き換えも、もはや意味をなさない』
「――、王権争奪の参加者は、覚醒した鮫人に乗るのが条件か」
『あなたたちを押さえれば、白號機が王権を得る』
「壱号機ではなく?」
『これはヤヲ因子で強引に動かしているだけ、伏馬先輩のような異能を、私は持たないから。せいぜい機体の自己再生能力がヤマ――喋り過ぎたわ』
枸櫞は壱号機からの殺気を感じ、珊瑚と見合わせる。
「珊瑚くん!
まだ王権は確定していないし、確定させてはいけない」
「けど、みっちゃんが王様じゃ」
「僕たち一緒じゃなきゃダメなんだ、手伝ってくれ!」
枸櫞は珊瑚の腕を引いた。
*
『艦砲に、ミサイル弾幕?
いったいなんの戦争をさせられてるわけ!?』
「そっか、そういや珊瑚くんはこれ初めてなんだっけ」
またしても艦隊単位での戦闘、
『きみたちが衛星を壊しちゃったから、艦隊の管制システムを立て直すのが手間だった、おかげで壱号機みずから動かなきゃならない』
『お嬢が直したの……』
「那戯はいま何処に?」
『あの効率化の鬼なら、とうに儀式を取りかかっているよ』
「先史文明の遺構か」
『そう、テルクの北の最果て。
あなたたちが行き着くことは、ない』
八号機はリターナーに妖竜の力まで駆り出して、弐号機も紅珊瑚で造った即席の弾丸でミサイル群の起爆寸前にそれらを飽和していく。
『みっちゃんのおかげだ、僕だけじゃ起爆前を狙って落とすなんて器用な芸当――』
「礼なら姉さんに言うことになるよ?
ネーレイスの視覚でもなければ、弾道を捉えるなんてできるものかい」
『うげぇ……八号機、みっちゃんの繋がる力。これあってのものでしょ?』
「チェインドライヴ。
おそらく覚醒した鮫人同士なら機体同士の共鳴で、あらゆる効果が相乗していく」
そしてそこへ、聞き覚えのある青年の声がした。
『その力、前みたいに俺にも分けてくれないか』
「――、遅いお出ましじゃないの、アサくん」
五号機が、戦場へ切り込んでくる。護斗は宣言した。
『お嬢は、俺が止めるよ』




