第96話 駆けつけた彼
五号機は変色し、微かながら覚醒の兆候を顕す。
『このタイミングで覚醒しようというの、護斗くん――あなたが敵なんて!』
『もうやめましょう、お嬢!
あなたにここで、誰も殺させない!
それが俺の誓いです!』
「なにがあった?」
枸櫞は護斗の態度に怪訝なものを覚える。復活して早々、動きが性急というか……それは珊瑚くんにしてもそうだが。
『那戯のやつが、昨晩発令所を襲撃させた、壱号機に』
「現世にいたのか?
どうやってこっちに――」
『大破する寸前の、十三号機に送り出された。そこからはわからん!
探査組は無事だが、増援は見込めないぞ』
「……相変わらずだな」
那戯が予め指示していたんだろう。こちらが補給のタイミングで現世へ帰投せざるをえないのはわかっているし、学園敷地と湾内は、元々泉客グループの二人には勝手知ったるものだ。潰せるべきときに潰すを徹底するなら、自分だって同じことを考える、けど。
(美岬嬢に後戻りできなくさせるために、彼女が培ってきたものを、自身の手ですり潰させる。そこまで行くともはや魔性というか外道だよ、泉客那戯)
「美岬さん、それは本当か?」
被害の規模はいま確認している場合でないとして、最低限の事実関係は擦り合わせたい。
『だとして、君たちがやることは変わるの?』
彼女らしい、一言だった。自分でも、自分のやらされたことを認めたくもないんだろう。
「美岬さん、那戯の居場所に俺たちを案内してくれ。それでこの戦いは終わる。最後は僕らで、決着をつけるんだ」
『できもしない皮算用を――』
「いいや、きみはもう自由だ」
『!』
「きみを泉客那戯の支配から、独立させる。
やつとのヤヲ因子の繋がりを断てばいい」
『私に死ねと?
あいつの人形である私は、あいつからの指向性を喪った途端に動けなくなるのに』
「だから、僕との約束をここで果たしてもらう。
俺にすべて、捧げてくれるんだろう。この瞬間を、何も言わずに委ねてみせろ――きみひとりの命なんて、いくらでも受け止めてやるから」
壱号機と五号機の交錯の合間に、枸櫞は艦隊を次にどう押しとどめるか、すでに結論を持っていた。
「珊瑚くん、艦隊を一掃する。手伝ってくれ」
『ネーレイスの唄を使うつもり?』
「そしてここにいる鮫人を、王力で繋ぐ」
傍らにいた姉と見合わせ、枸櫞は唄いだした。
「――」
*
(天充くんは、ネーレイスと戦って死ぬの。私の復讐を手伝ってもらうの……だって、護斗くんを殺したんだから)
私は自分が明晰な人間だと認めていたけれど、それが理性的なことと同義ではない。
「俺を魔性に引き摺りこんだのは、紛れもなくきみだよ、泉客美岬。
知っていると想うが、俺はきみをあんまり好きじゃない。きみが齎したものは、共鳴者との殺し合いとか、俗世のどうでもいい闘争と、切って離せないことばかりだったから。
怒っているわけでも、恨んでいるわけでもない。
ただ、そうだな。シトラがいないままなら今頃、俺はきみと一緒に破滅してやってただろうから」
「――」
「頭でっかちの子どものままで、僕らはここまで来てしまった。
きみには遅すぎたことかもしれないけれど、俺は……王として、またきみの手を取る」
「好きでもない私に、どうしてそこまでするの」
「俺の知る泉客美岬は、兄に唆されたからと自分を引っ込められる、器用な器ではないから」
「……酷い言われようだな」
美岬は自嘲気味に嗤う。
すべて、彼の言う通りだ。泉客那戯という男がどのような存在かは散々わかっていることだ。兄としてでなく、造物主として振る舞うしかできない男。そしてあれはあれとして、目的のために間違ったことは何もしていない。私が天充枸櫞という個を顧みることのないように、あの人もまた、私という個を顧みることはない。たとえあれが死んだところで、悔やむことさえないだろう。
現れた彼の手を取ろうとして、けれど美岬は寸前に躊躇する。
「どうして」
そう呟いて、震えだす美岬の前に、なぜか琉稀が立っているのだ。
ここはネーレイスの唄の中、檸檬と枸櫞の唄が齎す、固有の思念空間でしかないはずだ。なのに、このタイミングで琉稀本人が介入してくるなんて――ありうるのか?
「白錫、先輩?」
「――」
返事はなく、だけれどその眼には強い憤りを覚える。
「なんですか、言ってくれなきゃわかりませんって……」
「人形のくせに、彼を惑わして」
美岬は息を呑む。
「あなたの為に、親切にする義理なんてないでしょ。私らにとって、鮫人に乗るのは義務的なものだったし、泉客や交叉神社が語る、人魚と人のいざこざなんて、結局は過去のもので、そんなものを受け継がなきゃならないこと自体、愚かしい話だし。珊瑚くんは凄いね、一度は仲間さえ蹴落として、枸櫞くんを選ぶんだから。私もそれぐらいやらないと、認めてもらえないのかな?」
「なにを……」
「美岬ちゃん。あなたは人間らしく育ったけれど、私はやっぱりあなたを好きになれない。――死んでくれないかな?」
美岬の背に悪寒が走る。
*
「壱号機を取り戻す」
「怪我人がのこのこと戦場についてくると想いませんでしたがね、伏馬先輩。その脚で今更、なにができるってんです?」
「ここはネーレイスの世界だろう。あれほどの艦隊を美岬嬢が連れていようと、彼女らではどうにもならないものがある」
「野生のネーレイス、ですか?」
「その程度なら、技術的に誘導は可能だろう。
だがそれらを上回る、変異体がここにはいるじゃないか。奴がこの後に及んで、黙り決めていられるものかね。那戯の性格からして、美岬嬢は俺たちだけじゃない、囮にされているんだ」
「また水子が、生きているって?
因果律を超えて?」
「あれは悪足掻きが得意なんだ。
俺の嗅覚は、そう告げている」
(嗅覚、というより、執着、でしょうに――)
護斗は嘆息した。
「この期に及んで、まだ続けるんです?
みんな大変なことになっているのに……」
「お前とて、水子に痛い目に遭わされていただろう」
「知らない記憶ですね」
五号機が壱号機に接触する瞬間を縫って、翼は壱号機の中へ跳躍する。
直後、壱号機から緊迫した翼の声がした。
『五号機、伏せろ!』
「!?」




