第97話 四つ目のアザラシ
五号機の頭を押さえた壱号機。
直後、腹部をなにかに貫通される。
しかし、即座に修復した。
「この程度っ――」
壱号機に残留するヤヲ因子はそう多くないが、おかげで致命傷は避けられた。
*
枸櫞は唄うのをやめた。
(美岬嬢との交信が、解かれた?)
嫌な予感がする。彼の傍らで、檸檬も頷いた。
それにしても……足を喪っているのに、伏馬翼の胆力は大したものだ。
「伏馬翼――壱号機を取り戻したのか!?」
『美岬嬢はこっちにいない、《《四号機》》だ』
「なん――」
枸櫞が驚愕するのも無理なかった。
「四号機はこっちじゃ大破してるはずだろ!」
『因果律を跨ぐ話にはキリがないが、壊れたからと部品を流用できないわけじゃあるまい』
「――、そうですかよ」
(水子級?
じゃあ俺がさっきまで繋がっていたのは、壱号機じゃなくて四号機の中?
どっちなんだ美岬嬢、取り込まれたか、取り込んだのか)
水面へ浮き上がるように現れたそれは、水子と四号機の統合体だった。
(琉稀さん……)
今いる美岬のことより、本来の乗り手を想ってしまう。
どちらも取り戻さなければならない。
「何処までも、人をおちょくって」
水子級を解析したと言うなら、一度捕獲でもしたかと想っていたが……よりにも四号機の残骸を美岬に回収させていたなんて。
*
「人形が人形の陰に隠れるなんて滑稽。
私と枸櫞くんの共通していることって、なんだと想う?」
「こんな茶番に付き合っ――ぐッ」
首に圧迫感がある。美岬に発言は許されていない。
「人の命は等価じゃないと知っていることだよ。人権だ尊厳だと、いくら声高に叫んだところで、弱者と無能の権利は総体に奉仕する以上の意味を究極的には持ちえないでしょ。
……だから私や枸櫞くんはね、こぼれ落ちる側だったんだよ。その痛みを知っている。
かたや人形とはいえ、生まれたときから役割があるだけ、あなたはマシなのかもしれない」
「?」
圧迫感が外れ、美岬は直後膝から崩れる。
「なにか変なモノでも、食べました……?」
「私は枸櫞くんを愛してるから、枸櫞くんになりたかった。
あなたの努力には敬意を払うけれど、あなたなんかに奉仕するために、共鳴者が鮫人に乗るのだと思う?
枸櫞くんはね、檸檬がいて、シトラちゃんがいるから戦えているだけなの。切っ掛けがあなたの下らない勧誘であろうが、そんなもの関係なく――あぁ、どうして?
彼が人としても魔性としても傷つくのを、見ているしかないなんて耐えられないのに、どうして、どうして、どうしてあなたみたいな粗暴な野心の持ち主は、無遠慮に彼の王権を利用しようとするのかな。
あなたさえいなければ、彼が苦しむこともないのに。
というかあなた、兄にも捨てられ、誰からも愛されないのにどうして恥ずかしげもなく生きているの?」
「それ、先輩に関係ありますか」
「……まぁ、あなたは愛でなく、他者から実力さえ承認されていれば、それだけで生きられるのよね。
だったら全部、奪ってあげないと」
美岬は、息切れぎみに琉稀を見上げる。というか、
「白錫先輩じゃない――おまえ、何者?」
*
水子はすべてを呑み込もうとしていた。自滅することを前提に、四号機の負の劣等に感応している。
(潮の流れが、変わった?)
「引き摺りこまれるぞ、どうして急に――」
八号機は妖竜の翼で真っ先に飛翔し、弐号機の腕を掴んで引き上げた。
ほかの機体とは、距離が離れすぎている。
緊迫した護斗の声。
『伏馬先輩、どうして!?』
五号機を、自身の力で浮かせていた。重力場の制御の範囲が足りていないのだ、壱号機だけが潮目へと引き摺りこまれていく。
「珊瑚くん、届くか!?」
『ごめん、僕の力では届かない!』
枸櫞は首輪を投げて、壱号機に届かせようとするものの、壱号機はすでに全身を海中へ没してしまい、首輪が流されてしまう。
「待つしか、ない」
なにかに引っかかった――というより、掴み返される感触がある。枸櫞は鎖を引いた。
「違う……伏馬のやつじゃない!?」
潮の目から現れたそれは新たなネーレイス、メロウ級――強大なアザラシの異形だった。
『ネーレイス、四つ目のアザラシ……メロウ級の亜種か!』
珊瑚の断定的な口振りからして、本来のメロウ級は四つ目ではないらしい。ただ、そんなことより――
「新しいネーレイス、この期に及んで」
枸櫞は四号機のほうを向く。
「連携するどころか、新しいネーレイスから攻撃されている?
ネーレイスの目的はなんだ?」
最初から壱号機による艦隊統制はダミーで、壱号機を伏馬が取り戻してからも艦隊は問題なく機能して見受ける。
四号機は艦隊を浮かせ、上方からアザラシの異形へ砲火を集中させていた。
那戯の持つ不沈の艦隊――その圧倒的な暴威を前に、アザラシは押しつぶされるばかり。だったらなぜ出てきた?
(ネーレイスの起こす超常、海の不幸に左右されない艦隊――好んで、配備するわけだ)
檸檬が、枸櫞の袖を引いた。
「四号機を止めて、あのネーレイスを助けてあげて」
「シトラみたいなことを、どうしてだ、姉さん?」
「……可哀想だから」
「――、できる限りのことは、やってみるよ。
だけど僕は、あれが味方だとも想わない」
「うん」
アザラシの異形は、壱号機を波間に呑み込んだ。
本当なら最初ので艦隊を沈めたかっただろうが、枸櫞もこの前は同じようにやって、結局失敗している。
「八号機で波のベクトルを操る、やつに向いた射線の多少は逸らせるかもしれない。そっからは、あれの自己責任だな」
と言いつ、ちょうどアザラシに首輪が引っ掛かったので、枸櫞はそれをふたたび手繰った。
「伏馬をどこにやった?」
俺はいったい何度、あの男にヘンな義理立てを続けなくてはならないのか。潮目の引力も相俟って、こちらが引っ張られる側だ。
脇に抱えていた弐号機から、珊瑚が、
『まずい、五号機が落ちる』
「まずはあのネーレイスに近づく!
珊瑚くん、回収頼む!」
鎖の軌道を操って、壱号機の力が解かれてしまったそれの落下するほうへ向かうが、枸櫞は直感する。
「ごめん、これどのみち落ちる」
『げ?』
「着水に備える、珊瑚くん!」
枸櫞がろくに指示も出していないうち、珊瑚は紅珊瑚の急速成形によって五号機の受け止めと即席の足場を形成する。
八号機は脚部のヒレを展開し、潮目へ引き込まれる勢いを出来得る限りで減速していた。
『みっちゃん、このままだと僕たちまで、艦砲とミサイルの餌食になる!?』
「ふたりとも、波を走れ!
俺たちの乗っているのは鮫人だ、潮の目ひとつ踏み鳴らさなきゃ、名が廃る!」
不遇なのは、非覚醒でこの場に乗りつけてしまった、五号機か。
護斗が叫ぶ。
『逆にお前ら、なんでそんなに器用なんだよ!?
ええい、ままなれ!!!』
言葉でやり取りする間、三機は波間での姿勢制御と、艦隊の火力の飽和を同時にこなさなくてはならなかった。




