第87話 艦隊
犬吠埼が述べる。
『ヤヲ因子に選ばれない者に理由はないけど、択ばれた者には相応しい理由がある。
私はさ……ここまでこの四人が、五体満足で生き残ったことには、きっと意味があると想うんだ』
『だからって、また死地へ望んで飛び込む馬鹿がいるかよ!?』
雉鞍の言い分は尤もで、今更臆病を言っても仕方ないが、誰だって危険なのは嫌だ。
「安心してください。
雉鞍先輩が戦いたくないぶん、俺は戦います。それと……これまで鮫人に乗り続けてくれて、ありがとうございました。先輩たちのような人らがいたから、僕のようなのはまだこうして、ネーレイスと向き合うことから、逃げ出さずに済んでいますから」
『――、聴いていれば』
それまで黙っていた猿田彦が口を開く。
『あとほんの少し戦うだけのことが、そんなに難しいか。
後輩が身を立ててくれているってのに、臆病者。
どのみち那戯を叩かなければ、俺たちはおろか、人間に未来はないんだ』
『よしてください』
止めたのは、翼だった。
『……雉鞍さん、だったら俺に鮫人を貸してください。
壱号機を取り戻すか、破壊しなければならない』
『――、翼くん』
*
雉鞍はまだ、自分の意思で人形を動かしている。
鮫人たちは、テルクの陸へ移動することにした。
『北の果てへ向かうつもり?
ヤヲ因子と十三号機の転移能力を用いても、行く宛てなんてろくにないんじゃないの?』
「考えられるものはふたつです」
犬吠埼に枸櫞が答える。
「僕らでセドナを探す、これは那戯が永らく取り組んでなしえていないことですから、難しいでしょう。
もうひとつはシトラ――神社姫のもとへ向かう、おそらく、そう遠くないところにいます」
『あなたの望みは、後者ということね』
「えぇ。やつがネーレイスを仕掛けてくる限り、あいつはもう俺の敵じゃありませんけれど」
犬吠埼の嘆息が聞こえる。
『そんなに迂闊な人じゃない。
いま、テルクに関する情報は泉客や軍部に独占されているけれど、それは存在が外部へ露見しなかったわけじゃない。
以前、大陸側でテルクへ接続する実験を行ったそうよ。
そして艦隊単位で、消失現象に見舞われた』
「――、那戯が大陸の軍事力を奪ったと?」
『それから向こうは大人しくなったけれど、軍がグループへ警戒を強める一因にはなったでしょう。
探査の時、十三号機とろくに連携できなかったのは、そのせいでもある』
ヤヲ因子を用いれば、テルクへ難破した海上戦力をそのまま運用することも可能、ということ。
「確証はあるんです?」
『これは私の憶測にすぎないけどね。
美岬ちゃんに聞けば、案外そのときのこと、知ってるかもしれない』
洋上から上がった時、枸櫞は苦い顔をする。
「厄介な」
『なに――上空?
まさか!』
軍の哨戒偵察機と思しきものが飛んでいる。
テルクで鮫人でもない人工物など扱うやつらは、限られている。
直後、海上の波がそそり立ち、海坊主が召喚される。
「僕が対応します!
闢くんは、四人を浜へ!」
『そんな、枸櫞さん!?』
直後、ミサイルが四方から飛んでくる。
十三号機のものではない――最初から八号機に狙いをつけていたんだろう。
(言ってた大陸側の軍事力か……気象まで一方的に操って!
だけどあそこには、)
「シトラ……いい加減、目を覚ましてもらうぞ!」
海上ではどうにもならない、枸櫞は波間に機体を沈めて後退する。
手に入れたばかりのナマズの力で多量のメタン泡を生成、こちらの位置を攪乱しつつ、下から海上の艦隊を押し流したり、沈めたり――と画策するが、見立ては甘いらしい。
沈没原理で沈んでくる艦がまるで見えず、海中に生成した泡のためにこちらの視界ばかりが悪くなって……と想えば今度は多量のスクリュー音とアラートが、鮫人のスクリーンいっぱいに展開する。
(今度は魚雷か、容赦ないな)
「落とされるか、打ち上げられるか。
空海両面の火力を薙ぎ払う決定打がない以上、また陣の中央にいる海坊主のネーレイスを叩くしか――」
『聞こえている、天充くん』
「!」
犬吠埼でない女の声、ということは、
「美岬嬢!?
また那戯に操られてるのか」
『降伏して。
最初から勝てるはずがなかったのよ』
「それは本当に、きみの意思なのか」
『――、兄さんは、私たちが考える以上の周到に、計画を練っていた。
悪意もなければ、愛もない。あのひとの合理の中だけで完結する世界を持っているの』
「こんなことをいつまでも繰り返して!
いい加減、きみも飽きたろう!?」
『じゃあどうやって、あの人を倒すの!
多少人形が増えたって、形勢が変わることはないわ。
私が兄さんの未来を導き、あなたたちを潰す限り――』
「じゃあ、結構だ。
俺は俺で好きにやらせてもらう、シトラを返してくれ」
『やれるものなら』
「……美岬嬢、今君はどこにいる?」
『探せるものなら、私を止めてみてよ』
(やはりテルクにはいるんだな……)
根が素直なわけでも、善良ともほど遠い女だが、どれだけ拗らせてもあの女なりの誠意は果たそうとする。
(陸にあがった闢くんたちと、離されてしまったが――)
自分は自分にできることをしよう。
「護斗くん、借りるぞ」
思念武器の槍を召喚し、海中に伏せる。
続けて戦輪を召喚し、海面すれすれへと移動。
(敵は泡のせいで俺の位置が掴みにくい、艦隊から次の斉射を受ける前に、海坊主へ接近――)
『上がってはダメだ、枸櫞さん!』
「!?」
闢からの通信だった。
『シトラを助けるんでしょう、こちらで生成した弾頭で海坊主へビーコンを!
墜ちていないなら、艦隊からの攻撃を回避することに専念してください!』
「マジ助かる!!!」
魚雷群の斉射は収まらず、艦隊の規模や全容を掴めていない。
メタンの泡に浮沈を左右されない時点で、何らかの工作があるようだが、直後十三号機からデータが送信され、翼が補足した。
『艦隊を構成する多くが哨戒艦だ、見かけに惑わされるな』
「ミサイルと魚雷を使える艦は限られるってことですね」
『巡洋艦は全体の二、三割だが、どうも那戯が改装《手を加えた》したらしい。
海表面に入れなくはなさそうだが、いまは低空を浮遊している。でなければお前の泡で、さっきまとめて沈んでいたはずだ。
ヤヲ因子でフローター機能でも持たせたんだろう、おまけに十三号機のミサイルを、シールド状のものがそのたび出現して阻んでいる』
「艦隊全部が!?
てことは」
『そうだ、奴らは浮力に左右されず移動している、通常海戦と同じ感覚で処理すると、向こうの配置転換タイミングを見誤る。
哨戒機のことを考えると、最初から近海にあたりを付けていたようだが』
「――たちが、悪い!」
これじゃあ向こうは海上艦じゃなく、空中戦艦と言ったほうが正しいんじゃないのか?
海上では十三号機が限られたミサイルポッドの弾倉と持ち前の機動力で、ミサイル攻撃を捌いているらしい。
『向こうの物量のが完全に上だ、してやられた』
「死中に活を、でしたっけ?
今回は闢くんに助けられっぱなしだな、ほんと」
ビーコンの表示が出て、予め配置していた槍に、ヤヲ因子で効果を上書きしていく。
まだ収まらないメタンの泡を突っ切って、それが発射された。
「頼む、シトラ……姉さん。
俺を、導いてくれ」




