第83話 ナマズとメタン
「個体識別――九から十二までが、統合されている?」
『探査組の機体。ネーレイスに乗っ取られたか、それとも那戯か。
ということは』
そうして塔の外側に現れた、鮫人は――また見るも無惨な異形に吸われ果てている。
『介錯してやるしか、あるまいて』
「簡単に言ってくれますね、あんただって、同胞だったはずだ」
『もしほかの手があるなら、八号機の権能でもなんでも使ってやってみせればいい。
但し、俺たちを巻き込むなよ。闢少年まで可能性のとばっちりを受けては、あんまりだ。
ここからは、まごついている猶予などない。俺たちは、人の命を預かっているはずだ』
「――、ごもっとも」
素直じゃねぇな。まぁこの男の妥協点は、必然そうなるんだろう。人の手で人のままに、ネーレイスを倒すことに固執した男が、ネーレイスの力に頼る僕を利用しようと言うのだから、それでも大した進捗かもしれない。
「軽くスキャンしてみましたが、体表面からは共鳴者の生体反応は取れませんね……」
異形全体もおおよそ四十度台の熱源なので、サーモグラフィーでもほぼ判別ができない。
枸櫞はさっそく、八号機で海中を突き進んでいく。
人形の足首のひれが稼働して泡を散らし、迎撃を巧みに躱していた。
(そう。今ならこの身体の使い方が、よくわかる)
連戦と護斗たちに揉まれてきたのは、実際無駄ではなく、枸櫞を王である前にひとりの戦士として成熟させつつあった。
「さぁ、先達様方のお手並み、見せていただきましょうか」
*
そういえば前に、シトラが言っていた。
ネーレイスは食事をしない、と。
水子級のようなものは、元来異端なのだ。
じゃあ、海坊主に取り込まれた神社姫は?
それにいま、目の前にいる異形は?
海坊主については、水子を研究して得られた融合体だとして、いま目の前にいるやつは――もし那戯にかかわりがあるモノなら、すでにやつは現れているはずだ、海の中かどうかなんて、いまのあいつには関係ないんだから。
「なにあの、どでかいナマズ頭は?」
海中だったが、足元からの振動が感じられた。
直後、海の底から無数の気泡が膨れ上がり、そこいらに散らばった残骸を押し上げていく。
「泡――」
いやな予感がして、十三号機よ龍宮塔のなかに退避する。
『枸櫞さん!
あの泡、メタンガスです!?』
「テルクの海中に、メタンハイドレートでもあるって?」
そういえばバミューダ・トライアングルでの沈没船の一説に、そのようなのが一時議論されてたって話があったが、そういう場所だってなら、確かにうってつけの材料かもしれない。
「地震ナマズにメタンハイドレートって。
まだ海底火山のほうが絵面に説得力ありそうだが」
『呑気なことを言っている場合か、泡がオブジェクトを押し上げていく以上、こちらも下手に身動きが取れない。
このまま泡が収まるまで、龍宮塔を出ないつもりか?』
「おっしゃる通りで。
――、ダメですね、海流が支配できない。
あれはやはり、神社姫ありきの力だったか」
八号機は泡の方へ手を翳し、途中であきらめる。
あれさえあれば、これもすぐに解消できたはずなのに。
『つーか、あれ鮫人を取り込んでいる意味あるんです?
あれたぶん、ネーレイス固有の能力ですよね、元々の。
海底のメタンハイドレートを刺激する能力なのか、単に地を震わせて、結果そうなっているのか』
闢くんが尤もな疑問を突き付ける。
そこへ翼が横から訊く。
『きみ、あれと会敵したのは初めてじゃないだろう』
『ここの探査のことを言っていますか。
こうしてやりあうのは、初です。前は傍から見ているしかなかったですし。
龍宮塔を捜してたのはそうでしたけど、最初は四機が海上を滑走していたはずです。
後れをとったとき海中に居たってことは、メタンの気泡で、足場を崩されて引きずり込まれていても、おかしくないと想います』
『うむ。沈没理論で浮力を奪われるのか。
脚の生えたナマズ自身は、海底をそのまま歩いてこっちへ向かっているということは』
「えぇ、自身の能力の影響は受けてないんでしょう。
メタンの気泡そのものを操っている可能性が高い、か。
シトラ……」
枸櫞が湿っぽくなっていると、また翼が言う。
『いない子供の力をあてにするな。
それでいま、お前の切れる手札はなんだ?』
「っ、――」
正論なので言い返してもしょうがないが、やっぱりこいつ、配慮とかないんだよなぁ……。
(俺にできること。
シトラはいなくとも、メリュジーヌの力はある。
ネーレイスの力、それと泡で膠着する戦況を覆せる可能性があるとしたら、俺自身が鮫人から引き出す異能)
「そうでしたね。ここいらで、はっきりさせないと」
首輪、戦輪、それはあくまで思念武器の一部でしかなく、異能と呼べるほどでもない。
じゃあ、鮫人の真価は?
(姉さん、シトラ。俺はどう唄えばいい。
テルクの王、ネーレイスを供することから生じる異能は、俺の持ち物じゃないんだ――だから)
いま、天充枸櫞という己自身を問われている。
「俺が、テルクの王だってんなら……」




