第82話 最後の切り札
それまでは単なるお人よしかと想っていた。
復讐をするには、伏馬先輩のような覇気が見受けられず、勝手に消えてしまいそうな儚さのあった少年、だけれど、
――美岬さんは合理的にやってるつもりだろうが、そういうのは周囲の人間の打算や風評に迎合してるのと同じだよ。きっときみ自身がもっとも気にくわないものだ。
見透かされていたのは、結局私の方だった。
私はあの王様には、勝てないと……今になって、思い知る。
そして私はきっと、泉客那戯に造られた程度のもので、こうして私の身近な人々を、結果取りこぼしてしまうのだ。
だったら……私を利用し尽くして棄てた造物主《那戯》を、私はどう想っている?
天充枸櫞なら、きっと言う。
*
「『まごう事なき、復讐の対象だ』。
だけど美岬嬢は、自分の感情の矛先すら、見失っている。
父を激しく憎んだ時のよう、徒労に終わって自分が傷つくのが辛いんだ。無理に那戯を憎めとは言わんし、存外別の結論に至るかもしれない」
『別の結論?』
翼がそれに反応した。
「身内の復讐に囚われた僕らと違って、あの子がすべきは自分のための行動でしょう。こうなった那戯を、今更許すとも思いませんが」
『なるほどな、一理ある』
……伏馬翼という男も、不思議なものだ。まぁ水子級というカスのネーレイス代表を倒すのに半生費やしてきたようなものだから、一度はそれを討伐できたことが、彼のいまの平静に一役買っているのやもしれないが。その優しさをほんの少しでも、琉稀さんに向けてあげられなかったんだろうか?
『壱号機のことは、その時になればけじめをつけてやる。
那戯はまともに覚醒した人形が必要だったんだろう。
白號機は、建造の経緯自体が特異過ぎるからな』
「自信ありげですね」
調子のいいことを言っているだけじゃないかと、枸櫞は訝しむが、翼はずっと淡々としており、ふざけている様子はない。というか、仮にそういう態度を取られても普段が感情の起伏をあまり見せない人物だし、枸櫞からは変化を読み取れていないのかもしれない。……あまり深く考えるのはやめよう。
「いまも人魚が、許せませんか」
『――』
その問いに答えが返ってくることはなかった。
だけれど、枸櫞はずっと引っかかっている。
この男はもし水子級と再び対峙することになったら、今のように平静でいられるのだろうか?
結局はこれまで通りのあなたであることに、徹してしまうのか。
ところで、闢くんがまた聞いてきた。
『セドナって、どんなネーレイスなんですか。
神とか言ってましたけど』
「あぁ、そこからか。
ネーレイスというのは、海に関する多くの逸話を取り込んで生まれたヤヲ因子の申し子たちだ。
ただ、あの女神に関しては、神格等級がそう示すように――存在の格から、異なる。
元はイヌイットの昔話でな、とりわけ有名なのが、動物を造り出す力か。
そもそもが、父親に切り落とされた指が動物に変化した、って話。
きっとこっちの彼女は、ネーレイスを生み出すネーレイスだ。
ネーレイスの祖ではないかとさえ、見込まれている。
いずれにせよ、那戯が求めるに足る力を秘めているのは確かだろう」
『泉客那戯は、人類を滅ぼそうとしているんです?
そうまで人間が嫌いなんですか』
闢は、海軍で人間として扱われてこなかった。そういう見方をしてしまうのは、必然と言えたし、那戯という男のわかりづらさが、誤解に拍車をかけている。
「やつはそも、人間に関心がない。
一度滅ぼしても、その後ヤヲ因子を用いて、都合のいい人間だけは事象の改竄で拾い上げることができるし、或いはそうするまでもなく、美岬と同じヤヲ因子の人形を象る、父なる力をすでに持っておいでのわけだから」
『興味があるとすれば、テルクの王たるお前の力、資質だけだろうな。
おそらく最後に、ネーレイスとヤヲ因子を傅かせる」
「それがあの度重なるセクハラ発言の理由だと?
勘弁してくれないかな」
薄々わかっちゃいたことだが、わかるほどに眩暈がしてくるな。
『それって――枸櫞さん自身が、最後の切り札ってことじゃありませんか』
『那戯の思惑を挫きうる、という一点においてはな。
だが共鳴者の中でもっともヤヲ因子の扱いと性質に長けているのもあの男だ、油断はできない。
ぶっちゃけ、いまの俺たちではかなり分が悪い』
現に、貫は共鳴者殺しの力をヤヲ因子ごと奪われてしまった。
共鳴者に対するメタ張りで、やつに敵う存在は、ここにいない。
『枸櫞さん』「――」
『俺は、姉さんを護るために戦いたい。
たとえ姉さんが何者であっても構わない……誰かの道具でしかなかった俺に、家族だって言ってくれたのはあのひとで、あなたたちがそれを教えてくれたから。
だからいざってときは、遠慮なく使い潰してください』
「きみが美岬嬢のもとへ生きて帰るって約束できるなら、な。
できるよな?」
そう返すと、闢少年は押し黙ってしまった。だが、大事なことだ。
そこへ、アラートが響く。




