第81話 人形の追憶
最近は、すっかり眠りが浅くなっていた。
護斗くんがいなくなってから、だろうか。
私の中で、それまでぎりぎり保ってきたなにかの箍が外れてしまった。
天充くんに銃を渡し、久原さんを物理的に排除することに、躊躇うところはなかった。だけど――久原さんを殺すなら、それこそ私自身の手ですべきことだったはずだ。どうしてそんな役目を彼に押し付けたか、簡単な話だ。
護斗くんを見殺さざるをえなかった彼を、私は許しきれなかったから。
……天充枸櫞、彼がもしテルクの王足る資質を持つなら、あんなところで護斗くんが無様に死ぬことだって、避けられたはずだ。
過分な期待、彼からすれば理不尽な思い込みだってことも、自分でわかっている。だけど、天充枸櫞《テルクの王》にこそ、《《何とかしてほしかった》》。
そうして、本当は優しい彼を、理不尽に利用し続けてきた、これが私への罰なんだろうか?
那戯の兄さんは、自分では人の愛情を受け取って、それに対する表面的な社交辞令はできても、本質を共感することのできないひとだった。
だからこそ、私という人形を捏ねることになったんだろう。
幼稚園児より以前の出生に関する私のプロフィールは、那戯とヤヲ因子の作用によって巧妙に捏造されたものだ。
あの人は五歳になるかならないかのうちに、遺跡の鮫人を見て、自らそれを再現することを画策した。そうして集めた残骸の一通りが、彼の覚醒とともに白號機へと、結果昇華されることになる。
あのひとは天才で、あの人と同じ血を引いた私も、それを誇っていいのだと想っていた。ずっと尊敬していた。きっと、天充枸櫞が天充檸檬にかける敬愛の健気であるように――だけれど。
天充枸櫞の姉への思慕は、私の考えるよりはるか、妄執に満ちた手触りのものだった。
言葉にはしない、態度でろくに出ることもないけれど……あとから思い出せば、天充檸檬について私が話すたび、どれほどの憤怒を堪えていたか、思い知らされるばかりである。
彼は確かに姉を尊敬していたが、私にとっての那戯がそうであったのとは、質感の異なる。彼にとっての姉は、母親代わりであり、ある種性愛の対象でさえあり、その他あらゆる劣情の対象でさえあったから。
それは傍から見て、おぞましささえ纏うものだ。
けして常人に理解の及ぶところの存在ではない。
彼がテルクの王か否かに関わらず、彼にとって姉とは、単に姉弟という以上の情念から成るものだった。
そんなことも私は理解せぬまま、このときまで来てしまった。
彼と関係を持ったのは、そうすれば彼が私に依存するしかなくなると見越していたからだけれど――あのひとの眼中に、私なんていつもいなかったんだ。
私は那戯にも彼にも、いつも置いていかれてしまう。
こんなこと、納得できるわけがない。
まだ白錫先輩がいた頃、この時間軸でのあのひとは結局ぱっとしない印象のひとだった。どうやら天充くんには、深い心の疵を遺して逝ったようだけれど。私はあの人がいつも苦手だった。
天充くんが富山へやってくる前からのことだ、何かがあったわけじゃない。知り合ってから気づけば、なぜか距離を置かれていたし、鮫人に関する以外はろくなセッションを取れなかった。
天充姉弟への苦手意識や劣等感を隠せもしないくせに、ふたりがいない環境でさえ、ろくに伏馬さんへ思いを伝えることのできない。
挑戦して失敗する、それだけの当たり前のルーティン、そもそも最初で足踏みしてしまう。ほんとうに愚かしいひとだ。
私は私で経営者の視点からものを見てしまうところはある。
死なない以外はかすり傷、とはよく言ったもので、なんだかんだ兄に似たのか、似せて造られたゆえなのか、私は企業が傾くほどの失敗はせず、着実な成果を出してきた。
それは確かに、これまでの私の自信に裏打ちされていった。
テルクの海原、兄が死んだ場所。
ネーレイスとの戦いは命がけだが、ならば分担と戦略で、共鳴者たちの負担を減らしていけばいい。致命的な事態にならないよう、私が彼らを適切にサポートしてみせる。その采配を、父でなく私なら取れると――狂ったのは、護斗くんの死からか。
久原さんが独自の目的をもって動いていることは察していた。
けれど暗示について、どのように対処するか、あれは護斗くんが自ら望んでやっていたことだ。だから私には、彼の自主性を制限することのできなかった。
久原さんは私たちにすでに有害な存在と化した。
鮫人の運用をグループの手に留めておくために、彼女をまずは排除しなくてはならない。すでに一人死んでいるのだ、この先多少なりの死体が増えても、関係ない。
下手人を探す必要があった。候補として、伏馬翼と天充枸櫞を考えていた。ただ、伏馬先輩には懸念があった。あの人は水子級への復讐を遂げれるなら、グループによる鮫人運用に恐らくはこだわらない。それと、あの人を使うと必ず白錫先輩に気取られる。それで対ネーレイス戦闘のパフォーマンスが落ちることは避けねばならない。
どのみち、天充くんを使うつもりであった。
彼には伏馬先輩にとっての白錫先輩のような、しがらみはない。
仮に彼が失敗して、窮地に追い込まれても、自己完結して逝ってくれる、そんな気がした。
――私、もう恋人ですら、なくても……ただ枸櫞くんの永遠になりたい、あの子のなかの、消えない何か。
真水狩人に襲われたあの時間の白錫先輩は、結局天充くんを択んだ。どうして卑屈なくせをして、いちいち私の目的の対極で、あのひとはいつもふらふらしている?
彼はテルクの王かもしれなくて、私の望んだ復讐の器であってくれるべきなのに……あの人も彼自身も、その在り方は人間に振れ過ぎている。
正直、煩わしい人でしかなかった。




