第79話 三度の龍宮塔
……よくもまぁこの時間軸の僕は、あんなどうしようもない女と寝る気になったものだ。
ありえんだろ、ほんとに。
泉客美岬など、見えている地雷だ。
あれとズルズル続いても、絶対にろくな結果にならん。
シトラがいないなら、なるほど僕ならそういう破滅的な関係性を、択ばないではなかったんだろうけど。
「それで、ここは?」
薄暗い海中だった。
なにかの建造物の内側――この縦長のは、見覚えがある。
八岐級を叩いたとき、そう、またしても、またまたしてもの、龍宮塔だ。
「まさか、龍宮?」
『らしいな』
『跳ばされた、よりにも、ここですか』
三者三様の反応になる。
翼はとかく、闢くんは竜宮探査のあれこれでここを既知のわけだ。
(シトラ……どうして)
あの時の僕らでは、足らなかった。
力か、戦略か。
どのみち、テルクへの転移能力を確定して持つのが十三号機のみの現状、テルクのなかで可能な限り長く留まるほかにない。
「ふたり……は、補給食とか大丈夫そうですかい?」
『なんだっていいが、一応は持っている。
お前こそどうなんだ?
よもやヤヲ因子の補給で済ませるつもりじゃないだろうな』
「――、長期化するようなら、一度帰還して、出直すしかない。
こっちへ跳んで、さっそく会敵しましたし、壱号機も使えないんじゃ、現状打つ手が足らない」
『ですけど、まずはここの探索じゃないんです?』
はて、どうしたものか。
枸櫞は八号機のコクピット内でひとり腕を組んで、天井を仰ぐ。
「考える時間をくださいな。三分ほどしたら、どう動くか決める」
その間に思考をまとめる。グダグダやっている時間はない。
(もう一度海坊主に会敵するときは、今度こそシトラを取り戻さないと……もうあとがない。ヤヲ因子の補給も考えないと。
十三号機の転移は、やはりヤヲ因子を普通より多く消費しているようだ。いや――そもそもいまの朱桃なら、妖竜の力で転移できなくはないのか?)
龍宮塔へ飛ばされたのは、黒い神社姫の力だろう。
那戯の強制力に抗ってまで、僕らをここへ飛ばしたのは、何かしら意味のある気がしてならない。
そして、八号機と十三号機はまた動くことにした。
『本当の意味で、龍宮を探索することになるなんて――』
「だけど、八岐と水子の占拠して、その後だろう?
いや、ここでは確か……」
水子は討伐されていない時間軸だったか。
案外、近場にいるかもしれない。
『近くにネーレイスの気配があれば、人形がそれを察知してます』
「うん、その通りだね」
あの海坊主にしても、難儀な相手だったのに、こんな不安定な状況で、水子までまた相手するのは、面倒だ。それでも妖竜の飛翔能力と声帯はこっちが持っているだけ、大分マシっちゃそうなのだが。
「いずれにせよ、ネーレイスの度重なる占拠があって、手垢まみれの遺跡だろう。
失踪した九号機から先、ここで消息が途絶えたと聞くけど――いっそ探してみるか?」
『本気ですか』
「死んだとは限らないしねぇ、ダメ元というところはある。
流石に対那戯戦線に駆り出すのは酷だから、安否だけでも知っておきたいというのが、この際かな」
『――』
「どうかした?」
『シトラ、いや神社姫は、僕たちを拒んだでしょう。よく、持ち直してますね。いえ、これは皮肉とかではなく』
「わかってるよ……ただまぁ、立ち止まっている暇もないからな」
『泉客那戯は、人間を滅ぼそうとしているからですか』
「そう。今在る人間を滅ぼして、自分に都合のいい存在を選別する。
テルクなんて人を惑わしてなんぼの世界だし、それが齎す事象の改編が、全部悪いとは想わないけど。
このままだと大勢死に、僕たちの帰るべき場所まで奪われる。
那戯の目論見は、なんとしても挫く。
やつにセドナを、使わせない」
塔の内側を歩き、まずはその構造を確かめる。
『次に奴は、どこへ行くんでしょう』
「テルクの果て、おそらくその北端……ネーレイスの空間転移もあれば、距離を考えるまでもない」
『どうしてそう言い切れるんです』
「セドナの神話に近しい場所と言えば、必然そこだから」
アドリヴン――とかいう、ある種の冥界の伝承がある。セドナとセットで語られることの多い。すると、テルクもまたそうした片鱗を取り込んだかもしれない。幻界の成立した時代の旧さからすれば、或いは同義かもしれないが、そもそもテルクは人魚や海にまつわる伝承を、近代のものに至るまでを殆どそのままに概念として取り込んでいる節がある。
ふと、美岬のことを思い出す。
(父との確執の様は、まるでかの神をなぞるかのよう……なんて、流石に無神経だな)
複数の伝承で、セドナと父アングダの関係性は語られるが、娘は裏切られたり、指を切り落とされたり――父は保身のために、娘を棄てる。
そして娘は、話によっては父への復讐を試みることとなった。
……と、枸櫞はおおよそ解釈している。
だが理事長は、美岬を本気で信じている。羨ましい在り方でもあった。枸櫞の父は、枸櫞になんら期待などかけていなかったのだから。
『黒い神社姫に、なにを見せられたんです』
「さぁな。碌なものじゃなかったよ」
シトラのいない時間のことなんて、考えたくもなかった。
姉さんのいない時間、立ち止まるしかなかった自分の無力を呪っていたように――そんなことの繰り返しは、望んでいない。




