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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-  作者: 琉璃宿命
16.滂沱の異形

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第77話 テルクの王

 テルクの王とはネーレイスを侍らせ、供物として喰らうもの。

 生まれながらにヤヲ因子の祝福に預かる存在だ。


『伝承の中でのみ、その存在を示唆された。

 そして奇妙なほどきみの特徴に符合する――僕のまえに立ちはだかる以上、《《王の真価を証明してくれるんだろう?」》》



 海坊主の身体から、小さな人型が生える。

 途中から、直接話していた。

 あれが泉客那戯の生前の姿ということか。

 そこへ――接近してきた十三号機の三叉槍が掠める。

 腕を削られたのに、やつは一切怯まない。


「ボクに個体という観念をあてがうから、そうやって無駄なことに囚われてしまう」


 すぐさま、身体を再生された。

 やつの意識はヤヲ因子に溶け込んでいる、実質ないに等しい存在だ。

 どうにか、殺しきりたいものだが。

 八号機は海坊主の下腹に銛を立てて、黒い神社姫の胴までを斬りあげる。切り離した海坊主の肉片を持って、すぐに離れた。


「おやおや、無情だねえ。

 それはきみの家族だったんじゃないのかい?

 そんないたずらに傷つけて――」


 八号機は肉片を飲み干すように喰らう。

 ヤヲ因子が体中に満ちるのを感じたなら、十三号機へ近づいて触れる。

 八号機からドレインで、ヤヲ因子を直接受け渡した。


*


『これで少しはマシになったか?』


 闢は身体が軽くなるのを感じて、頷く。


「あ、ありがとうございます、枸櫞さん」

『伏馬翼は何してる?

 遺跡の壱号機がダミーだったとして、テルクには壱号機モノホンがあるんだろう』


 本人が答えた。


「さぁてな。さっきから一応、呼んではいるんだが、那戯に邪魔されているようだ」

『――、さいですか』


 元々枸櫞は、壱号機などあてにしていない。

 この状況で、のこのこついてきた翼のふてぶてしさに、呆れているまであった。


「一度は手放したものを返せってのかい、虫のいい話だねぇ翼」

「那戯、随分とくだらない存在モノに成り下がったじゃないか」

「そりゃぁ人魚を嫌うきみからしたら、そうかもしれないがね」

「下の下だと言っている。

 俺たちは今在り、嘗てあった人間のために戦っている――人魚の血肉に染まろうが、天充枸櫞とてそれは変わらないだろう……お前は自分のためにすら、もう戦っていない」

「?」

「その心根は、人間でさえなかったんだな」

「ひとたびは復讐という妄執を果たした結果が、いまの君か。

 前から正直、気に喰わなかったよ。人であること、ひとの力で水子を倒すことに固執するきみは、効率はおろか、現実さえ見ていなかったろうに、結局壱号機――ネーレイスを倒すために、それと同じ力に目覚めた。

 きみの主張と行動は一貫していないんだよ。自分が楽になりたかっただけだ」

「そうさな。

 俺はすべての共鳴者、テルクにまつわるものが気に喰わないだけだ。

 結局お前も、そちら側のものに成り下がった……貫から奪った力も、置いていけ」

「話に、ならん」


 言葉を交わしても、ふたりのスタンスははなから噛み合っていない。

 会話は平行線だった。


*


 八号機は動きの鈍い十三号機を庇いながら、また海坊主と神社姫の融合体へと立ち向かっていく。

 浜の向こうへ手を翳し、津波を立ち上げて、前後から挟撃する。


(神社姫の力を奪ってなお、天充枸櫞はテルクの王足るわけか。

 反撃の機と見れば、着実に自らの力を培っていく。

 ここで喪うには惜しい駒だし、ネーレイスを回収するか?

 海坊主の身動きが取れなくなる前に――)


「おや?」


 那戯はふと思い当たり、ほくそ笑む。


「枸櫞くん、きみ、まだ気づかないかね」

『はっ』

「その神社姫じんじゃひめは、シュラインノーブルであってシトラではない」

『――』

「きみが童女と培った無為な時間を、その異形は持たないのだと」

『それは……!』


 言い返したくとも、言い返すことなどできないはずだ。

 枸櫞はシトラを取り戻したいわけであって、それはネーレイスとしての神社姫と同義のようであって、まったく異なる。

 彼はそれを失念したまま、はやる心だけでこの戦場いくさばに降り立ってしまった。彼の短絡と躊躇――これを利用しない手はないだろう。


「畳みかけろ、海坊主」


 指示に呼応して、海坊主は津波をはねのけ、八号機を黒い掌底が弾き飛ばす。


『シトラ……っ』

「強いて言えば、美岬が名付けた“神社姫シュラインノーブル”でさえない。その空っぽの存在が、きみを本気で受け容れると考えているのかね、おめでたい」

『ぐっ――』


 なるほど、嗜虐心とはこれを言うのか。

 心地いいが、あまり長く浸ってもいられない。

 八号機はこの場で神社姫みずからの手で叩き潰し、再起を不能とする。神社姫がその後に記憶や力を取り戻したところで、八号機と枸櫞さえ始末できていれば、あとには絶望しか遺らない。

 そう、やるからには徹底するのだ。


 海坊主の本格的な反撃が始まり、対峙する十三号機と八号機は、ミサイルや波を活かした地形戦術さえ持っているにも関わらず、接近戦で海坊主の見た目にそぐわない、驚くほどの速さと贅力に押されてしまう。


『枸櫞さん、こいつ見てくれより速いし、強い!』

『伊達にネーレイス二体が融合しているわけじゃないってことだろう!

 シトラ、姉さん――誰かの言いなりなんて、似合ってないんだよ、二人して!』


*


 どうしたら、応えてくれる?

 きっと那戯の言っていることが、正しい。

 シトラは、神社姫を八号機が捕食して育まれる存在であって、姉さんの人格も、そのなかでようやく再度生前の記憶と共に培われた奇蹟のようなものだった。もう一度、同じ奇蹟に期待しろと?

 そんなものは、僕の身勝手な我儘で、いまの神社姫からすれば、押しつけがましいことこの上ないのだろう。

 分が悪い賭けだと、今になって自覚する。

 だとして、引き下がるわけにはいかない。


「潰せ。八号機にとどめを刺せ」

「!」


 黒い異形は両の拳を握り、銛を構えた朱桃に振りかぶる。


『枸櫞さん!?』

「っ――」


 浜の砂中に、金づちで打ち付けられるように半身がうずもれた。

 足首が折れて、軋む感触があった。妖竜の力を借りてなお、目の前の異形に出力で押し負けている。


「出る杭は打たれるとは、よく言ったものだね」

「ふざけるな……」

「負け惜しみにしか聞こえないな。

 さようなら、テルクの王。

 魔性の人魚らには、絶望の唄こそあたわしい」


 やろうとすれば、妖竜の飛翔で逃げることはできるかもしれないが、枸櫞は神社姫と向き合うことを、やめられない。

 この場で共に死んでやっても、本望でさえある。


(どうすれば――)


 また黒い神社姫が、滂沱していた。

 枸櫞は銛を掲げたまま、動きを止める。


「その涙のわけを、いい加減、答えてよ」


 でないと、死ぬに死にきれないじゃないか。

 またしても振り下ろされた両手――八号機はそのままひしゃげて、原型もとどめず、潰された。




 かに、想われたが。


 ――――――――イマハ、コナイデ。

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