第76話 妬いて
海坊主のなかの神社姫が、妖竜の翼を視た途端、急激に顔を歪め、叫び始めた。威嚇――
「姉さん、シトラ。いっちょまえに妬いてくれるのか?
家族冥利に尽きるじゃないの」
*
十三号機に残っている翼は、いまだ首を拘束された八号機の変容に眉を顰める。
「八号機はネーレイスの力を喪ったかと想っていたが――妖竜を取り込んだ事実が、消えていない?
まったく、天充弟め……そうまで魔性に好かれて、気の多いやつ」
「あんたは、動かないんです?」
「壱号機と繋がらないのだよな。
遺跡にあるのは、那戯が用意したヤヲ因子の幻体だった。
本物はやつに持ち去られ、その事実は改変されなかったらしい。
鮫人本体の因果を操作していると考えるしかない」
「じゃあなんで、ついてきたんです」
那戯は恣意的に、環境と事実を改竄してしまう。
ヤヲ因子というのは、つくづくなんでもありのようだが、そうしてかき乱された因果は、その後どう整合しようというのだろう?
「そりゃあ勿論」
(壱号機の覚醒が維持されているのと、関係しているんだろう。
だが――あれは元々、俺が手にした力だ、返してもらう)
それは人間のための力であって、お前たちのような魔性のためのものじゃない。
「十三号機は後退して海坊主からの距離を置け、八号機に支援がしたいなら、おまえのはミサイルポッドで牽制するだけでも違ってくる」
「八号機に当たったら!」
だが、八号機の細さに対して、いまだ覆いかぶさっている海坊主の異形は――
「あの図体なら、外すこともあるまい。やってみせろ」
「簡単に言ってくれますね……だけど俺、まだあんまり動けそうにないんです」
「なるほど、十三号機のヤヲ因子がいい加減に足らないか。
ポッドを切らしたら、転身して海坊主に切りかかれ……ネーレイスからヤヲ因子を奪う」
「どうやって?」
「ひとまず体表を削れ。
口での捕食にこだわるな、覚醒した二号機は、珊瑚を介してネーレイスを喰らったはずだ。
鮫人やそれの異能には、ヤヲ因子を吸収する何らかの機能がある――バケモノになるのと紙一重だが、やらなければ、お前が喰われるぞ」
「さいですか!」
闢は翼の言い草に、なんなのだと思わないではないが、同時にやるしかないこともわかっている。
言われた通り、後退して距離を置くと、ポッドのハッチを開く。
が――
海坊主に拘束された八号機が、動く。
片翼と肩口の間から、新たになにか――妖竜の首が生えた。開口し、声を上げる。
「八号機が、ネーレイスの唄を!?」
そのまま機体の体表が見慣れた朱の色に戻っていく。
神社姫を抜きに、再度の覚醒を遂げた。
*
枸櫞は八号機の左腕で、生えてきた妖竜の頭を撫でる。
「いい子だ」
唄が始まるとともに、八号機の顔に垂れた墨のような涙も吹き飛ばされ、さっぱりした。
枸櫞は銛で、黒い神社姫の髪を裁断して浜を後退する。
「うん、海上でなくてよかった、ふんばりが効く」
対抗して、怒った黒い神社姫も唄いだすが――いつもに較べ、苛立ちと潔癖さを感じさせる声音を紡いでいる。
音が重なり、八号機は押し返されてしまう。
「まぁ、歌はシトラのがうまいのは認めるよ。
それで?
飽きたなら、そろそろ戻ってきてくれないのか」
八号機は指をくいっと引いて、向こうを招く。
そろそろ那戯が介入してきそうなものだが……
(ヘンだな。
そもそも神社姫との関係を切ったなら、また僕がシトラを手にする可能性を、やつは許すはずもない。
目的はほかにあるとでも?)
海坊主に捕食させたとはいえ、そんなものを早速ぶつけるなど、奴は何を考えている。
「ほかのネーレイスでもよかったはずだ……何を考えている、泉客那戯?」
『そう難しいことでもないと思うがなぁ』
海坊主のなかから、奴の声がまた響く。
『神格等級のみで言えば、神社姫はセドナに次ぐ――テルクで次点に強力なネーレイスだ、その下に、水子と海坊主と言ったところか。
残念ながら、彼女より強いネーレイスを、僕は見つけられなかった。
こっちもね、必死なんだよ』
「はた迷惑な!」
以前の食事で理事長が言っていた。
那戯の異能は――ヤヲ因子を含む粘土を捏ねる力だ。
「みんな、あんたの《《土人形》》だってんだろう、海坊主も、美岬嬢も!」
『そうだな。ヤヲ因子の粘土で美岬を造り、ネーレイスを捕食するネーレイスを編んだ。水子級はいい参考になってくれた。あの暴食の異端は、ネーレイスの限界を超えて、我々が到達するべき道筋を示してくれたんだから』
この海坊主は、人造のネーレイスということだ。
元となるものはあったかもしれないが、ネーレイスを捕食する性能は、那戯がこれに付与した。
『きみが美岬を孕ませてれば、もうどうにかなったんだけどねぇ、テルクの王』
「……まだそれを言う?
いい加減、テルクの王ってのはなんなんだ。
鮫人はあくまで、王権の足掛かりに過ぎないはずだろう!」
『本当に自覚がないのか。
ネーレイスを捧げられた供物として、きみは当たり前に喰らい続けてきたじゃないか。なぜほかの鮫人がネーレイスを食べないのか、まったく考えなかったわけではあるまい。
テルクの総ては自然、きみへ奉仕するようにと働きかける』




