第74話 遭遇
美岬は帰りがけ、気丈に振る舞っていた。
「ごめんなさい、取り乱して。お父さん亡くされたばかりのあなたにあたり散らかすなんて、私どうかしている。
お金や住所のこととか、私で何とかなることなら、手伝えるから」
「それだけで充分助かっているよ、ありがとう」
見送る背中は、随分小さく見えたものだ。
「――、優しい子ではあるんだが」
父親への復讐を誓う少女は、おそらく泉客の実権を手に入れ、遺跡から手を引こうとする父を弾こうとしている。
ここに来て日も浅い僕が、彼女の私怨に口出しするつもりはないが、那戯とやらの死は、どうにも彼女の語るところとは別に、きな臭さを憶えた。彼女ひとりの証言を信用するには、その主観に寄りかかっては怪しすぎるというか。もっと客観的な理由も、確かめられるならそうすべきか。
*
異変はすぐに起きた。
「八号機――?」
八号機の背部から、倒した妖竜級のそれと同様の白い翼が生えていた。
「これは……」
「通常の覚醒とは異なるんだけど、枸櫞くん、心当たりは?
八号機の中に、倒したネーレイスのなにかが残留しているかもしれない。八号機はネーレイスに寄生された」
すでに海中遺跡の八号機は、黒い檻のようなもので封じられている。
「異変の自覚の有無は、どうでもいいわね。
悪いけど枸櫞くん、あなたを拘束させてもらいます」
「そうですか」
久原が彼を拘束室へ案内しようとした矢先、八号機から唄がした。
「これ、妖竜の!?」
「唄を遮断しなさい!
このままでは港湾内の皆が――朝桐くん、急いで五号機を動かして、八号機を破壊する!」
『は、はい!』
すでに五号機は海中に待機していて、八号機へ銛を振りかぶる。
そうしてその肩口に刃先が当たったかとおもえば――消えた。
「八号機と五号機、天充枸櫞の姿がない。
テルクへ転移されたか、ち、面倒なっ」
久原は舌を打ち、美岬へ状況を報告する。
*
『ネーレイス以外の要因で、テルクの幻界が開かれたとき、原因を排除する。
機密保持のため、共鳴者の無力化の際、生死を問わずこれを制圧する』
八号機の異変はネーレイスに由来するものだが、鮫人による転移は「ネーレイス以外の要因」と護斗のなかでは認識されたようだ。
そしていつの間にか、八号機に乗せられていた枸櫞へ襲い掛かる。
「待てよ朝桐くん、僕が乗っているんだぞ!?」
『――』
近接戦では分が悪いので、枸櫞は戦輪を召喚した直後、後退と苦戦を強いられる。
「いまはこの状況から、一緒に帰るのが先だろう!
美岬さんのところへ!」
『!?』
一瞬、向こうの動きが止まった。
その間に枸櫞は後退し、距離を置く。
妖竜の翼――左の片翼だけだったが、これで飛ぶのは難しいだろう。
『ならばその翼はなんだ、天充枸櫞、耳当たりのいいことを吹いて、お前はとうに魔性だった!
お前のようなやつがいるから、お嬢が傷つく!
人魚なんかに穢されていいひとじゃないッ!』
「融通が利かねぇ」
八号機は戦輪を投擲するも、五号機は器用にそれを弾き上げた。
だが、彼は弾くならそれを地に叩き伏せるべきだった。
変わった軌道を鎖で操って、枸櫞は五号機の両腕を背面から即座に削り落とした。
『なっ』
「僕に、敵意はない。
まだ続けるかい、こんなのは不毛でしかない」
『――』
二機が浜に立ち尽くし、膠着しているところへ、海側から白い異形が膨れ上がった。
「あれは……」
『水子級?
だがやつは、ネーレイスの唄は使えない――』
「こっちに向かってくる!
一時休戦だ、朝桐くん、一緒にあれを」
『ふざけるな!
誰が人でなしの言うことなんて、このッ』
両腕を喪いながら、五号機は八号機へ突進する。
「あ、おい――何しようって」
水子級の腹から、なにかが高速で飛翔し、五号機の腹を穿った。
もとは、八号機へ狙いをつけたものだろう。
「朝桐くんっ!?」
『……、すまない、八号機の』
「――」
なぜ、なにもしない僕に詫びる?
さっきまでの敵意むき出しのおまえは、どうした。
なんで僕に両腕切り飛ばされておきながら、ネーレイスから身を挺して僕を庇ったりなんか――。
不自然な状況に呆然と、八号機は息絶えた五号機を抱え上げる。
「こんな、簡単にっ――おまえらは」
水子級の下卑た笑みに、苛立ちを覚える。
まだ朝桐なにがし――彼のことなんて、何も知っちゃいなかったが、美岬の大切なひとりだったことくらい、わかっている。
「……冗談じゃない」
八号機の持つ戦輪は首輪にもどり、またしても投擲される。
水子級は躱そうとするが、首輪の自動追尾が働いて、ぶよぶよの本体の首が拘束される。そのまま、海上から岩礁に引きずり飛ばされた。
そのままやつの首がちぎれ飛ぶが、ダミーなのか本物なのかも定かでない。直後、首そのものが生え変わって、より敵意をむき出しに、やつは八号機へ吠えた。
「なんでもいい、奴を倒す力なら、人魚だろうと、なんだろうと――」
人形の顎が、開こうとするも、水子を喰らう気にはなれなかった。八号機の背に意識を集中し、妖竜の片翼からなにか使えるものはないかと……いや結局、八号機の腰のあたりにむずついて、尾が生えている。
これでは、魔性と呼ばれても仕方ないか。
枸櫞は海上を駆り、片翼は加速に使って水子級へ接近する。
接近戦の経験の有無など、問題でない。ようは度胸だ。
肥え太った異形、あれが再生を繰り返すなら、それができなくなるまで徹底して痛めつけてやろう。
首輪を再度、戦輪に造り変える。
戦輪、鎖、尾部それぞれを別確度から操作して、やつの視界と対応を攪乱してすり潰していく。
こちらが優勢なはず――だったが、突如、やつの気配がその場から途絶えた。
「逃げられた……?」
残ったのは、やつの脱ぎ捨てた肉の衣と、浜に斃れた五号機の残骸――。




