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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-  作者: 琉璃宿命
15.幻惑

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第73話 桜 0.9

 もうすっかり春だというに、今年は桜を見るたび湿気た気分になっている。自分にはかかわりのない《《華》》だ、いつからかの姉さんがそうであったように。


「遠くへ行って、またもっと遠くなって……」


 足元に散った花びらを踏みしめて、これが死者の記憶の在り方なんじゃないかとすら想う。確かに在ったはずの時間、だけどあっさりと抜け落ち、損なわれていくもの。


「待ってよ、翼くん」

「?」


 道で男女が、揉めているというか――女性側が、男に追いすがっているようだ。


「なに」


 男が立ち止まる。少女は肩で息をしていた。


「八号機のひとに会いに行くにも、タイミングってものが……」

「どのみち顔を合わせなければならないんだ、いつ行ったところで、忌引きで喪中というなら、ちょうどいいだろう」

「なら、私もついていきます」

「どうしてそうまで俺に構う」

「それは――」


 この前帰ってきたら、親父が首を吊っていた。

 姉さんが病院で死んだとき、いずれこのひとは命を少しづつ枯らしていくだろう気はしていたが、存外早く自身に見切りをつけたものだ。

 やがて桜並木の向こうで、ふたりは喪服の上着を脱いだばかりの僕に気づいて、近づいてきた。


「天充枸櫞くん、きみがか。初めまして」

「えぇ、初めまして。お二方は、共鳴者ですか?」

「そうだ。俺は壱号機の伏馬翼、隣のが四号機の」

「白錫琉稀です、よろしく」

「えぇ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 翼のほうから握手をしてくれる。

 お似合いのふたり、には見えないでもなかったが、琉稀と名乗った方は随分振り回されているようで、ちょっと不憫でさえあった。

 ただ――彼女はなぜか、枸櫞のことを警戒して見受ける。

 握手が続く様子もない。

 姉さんと同い年くらいに見えるし、そっちの関係だろうか?

 翼さんと僕の顔を交互に見て、とても居心地の悪そうにされるので、正直何事かと。


「僕の顔になにかついていますか?」

「え――いや、あんまりにも、似てるものだから」

「姉さんに、ですか」


 しばしまごついてから、俯くように頷かれた。

 翼が嘆息する。


「お前はいつもそうだな、昔からか?

 天充さんはあれこれ気が利いてたってのに、彼にも失礼だろう」

「ごめん、なさい」

「僕は、姉さんじゃありませんけどね」


 不思議と、嫌な感じはしていなかった。

 姉さんと僕を重ねてみたがる周囲の目線は、昔からあったけれど、みんな『姉さんが好きだから僕も気にかけてくれる』であって『姉さんが苦手だから』ではない。琉稀さんはそういう意味で、ほかのひととは異なった。


「本当に、ごめんなさい……」


 委縮させてしまって、こちらこそ申し訳ない。


*


「いや、それは白錫先輩が完全に悪いでしょ。

 きみが申し訳ない要素ある?」

「――」


 同じ日の夕方、枸櫞の寝室だった。

 翼も琉稀に無神経な節があるが、美岬も歯に衣着せぬときがある。

 そういう機微を汲み取ることを、このひとに求めるのはやめようと思う。


「なにさ、その溜息」

「いや、琉稀さんって、翼さんのこと好きなんかな」

「ずっとついて回っているけど、そういうもん?」

「……きみ、本当に人と付き合ったことあるのか。

 アサくんのことも、君が無理に引っ張りまわしてただけじゃ」

「あー、そういうこと言いますか、事実なのにッ」


 流石に軽んじられていることには気づいたようだ。


「枸櫞くんだって顔のわりにはイモっぽいというか、奥手というか。

 コナかけてるわり、支倉さんとかに自分から一線超える気もないでしょう」

「あーわかったわかった、この話は僕の負けでいい。

 それよか、鮫人のことなんだけど」

「露骨に話を逸らす」

「いや、結構真面目に言ってんだが。

 ネーレイスはどうして、鮫人をテルクへ呼びだすんだ?

 自分たちを屠るだけの存在を」

「それを調べていくのも、泉客と交叉神社の宿命かしらね」

「気長に言うけど、僕はすぐにでも、姉さんの仇を討ち果たしたいってことは言っておく。

 結局きみは、僕の目的のどうこうに関わらず、八号機に乗せる気だったんだろう?

 うちの姉さんの代わりに」

「――、誰がそんなこと言ったの」


 美岬の声が、急に引き攣った気がする。よもや、こちらが気づいていないとでも想っていたんだろうか。


「誰が、あなたがお姉さんの代わりだなんて言うの」

「言われなくてもわかる。

 八号機に僕が乗れるということは、姉さんが請われたって、おかしくない。昔からそうなんだ、姉さんにできることしか、いつも僕は求められない」

「そんな……でもそれは……ごめん、否定は、できないのかな」


 美岬はどうも戸惑っているようだった。

 なにに対する戸惑いなのか、僕にはわからなかったし、それ以上興味も湧かない。


「いや、突き詰めて言えば――きみ、八号機に乗れるなら、それが誰でも良かったんじゃないか。きみは共鳴者じゃないんだろう」

「!」


 すぐさま見開いた彼女を見て、なるほど言葉選びを違えたらしい。

 言ってはならないことを、僕は言ったようだ。


「八号機は現役機のなかで、最後の空座だった。

 私だって、乗れることなら、自分でっ――みんなが命がけでやってくれて、兄さんだって向こうで死んでいるのに、私はそのとき、現場にいることもできずにッ」


 忸怩たるものが、その顔には浮かんでいた。

 あぁ、トラウマスイッチ押しちゃったか……。

 でも、彼女がひとを道具として利用する以前、どうにも責任感の強い性格であるらしいことも伺えるのだ。

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