第72話 首輪の戦輪
展望室で、海中遺跡の白い人形が見えた。
「鮫人――泉客で管理するオーパーツの人形だよ」
「オーパーツ?
それと僕たちの目的に、なんの関係が」
「まずは手伝ってほしいことがあるの。
なに、やればわかるから。
まさか、私がただで願いを叶えてくれるとでも想っていたの?
そんな虫のいい話があるわけないでしょう」
「――」
「ご想像の通り、あなたには鮫人、八号機と呼ばれる機体に乗ってもらう」
*
その夜、妖竜級とされるネーレイスに対峙したとき、僕は完全に騙されたと想った。
「こんなのは聞いていない」
『そりゃ話していないもの、先に敵が来ちゃっただけ』
発令所の美岬は、一切動じていない。どうやら八号機が来たのは、現実ではない、特殊な異空間らしい。
『テルクの海原、あなたが話す前に行ってしまうから』
「っ、おまえ」
いちいち人を苛つかせることにかけては、天才的な女だ。
「戦って、負けたらどうなる」
『そんなこと、いちいち説明しなきゃわからないほどお馬鹿なの?
どのみち、あのネーレイスを倒さないことには、あなたは現世へ戻れない』
『死にたくなければ、思念武器を』
「?」
『あなたの想う武器を、その人形はひとつだけ象ってくれる。
やってみて』
そうして僕の手に握られた、首輪と鎖――こんなものを、武器とは呼ばんだろうて。罵倒してくる久原を後目に、枸櫞は首輪を戦輪へ再構築する。
『武器を、造り変えた?』
「使えないなら、使えるようにするだけでしょう。
うるさいなぁ」
最初に出たのがなぜ首輪だったのか、僕にはとんとわからないままだ。そうしてさっさと妖竜の首を刈り取ってしまえば、幻海はすんなりと解除される。
*
翌朝、教室でつっかかってきた威勢のいい青年。
「お前が、天充枸櫞だったか?」
「初対面の人間にお前呼ばわりされる趣味はないですかね。
名乗っていただいても?」
「お嬢に迷惑かけたら、俺がお前を殺す」
名乗ってすらくれず、有無を言わさなかった。
あとでクラスメイトの男子が教えてくれた。
「朝桐くん、泉客さんが絡んでくると途端に反応が過敏になるんだ。
というか、普段からカリカリしてる。昔から情緒がおかしいんだ。頭のネジが外れてるとしか――」
「せっかく、そう悪くなさそうな顔なのになぁ」
そうか、頭の病気持ちじゃあしゃあない。
*
久原は護斗を、昨晩のうちに呼び出していた。
「戦輪、ですか」
「そう、彼の思念武器。
解析を続けているけれど、どうやらネーレイス、会敵した妖竜級の血を吸っているようなの」
「単に返り血を浴びた、という意味ではないですよね」
「えぇ、戦闘後、八号機が有するヤヲ因子の観測総量が著しく増大している。彼のオイリュトミーグラフのやたらな同調率の高さに合わせて、前例のないことよ。私たちはこの新たな共鳴者を警戒しなくてはならない。いずれ、美岬嬢の手に負えなくなるのもそう遅くはないでしょう。
そうなったとき、彼女を守れるのはあなただけよ、護斗くん。
共鳴者殺し――きみの手で、やつを止めなさい」
「……わかりました」
体のいい言葉で、利用されていることは分かっていた。
だけれど護斗に、ほかの選択肢はなかったから。
*
「護斗くんにガン飛ばされた?」
「うん、まぁ、そんなとこ。
昨日の戦闘、僕は何か不味いことをしたかね」
「いや、ちゃんとネーレイスは倒してくれてたし、戦いかたに文句が出るとも思えないな――或いは久原さんに、なにか吹きこまれたか」
「知らないけど……それで、あの人形とテルクの海原が、姉さんの復讐になんの関係がある?」
「鮫人によっては、ネーレイスの唄に呼ばれるまでもなく、テルクの海原へ行く力を持つこともある。
きみならそれができるんじゃないかな」
「ネーレイスとの戦いは、命がけのことだろう。
ほかの共鳴者たちは、納得してやっていることなのか」
「強制はしていないよ。
降りると言うひとも時々いるけど、あれの出現頻度はさほどでもないから。あなたがやらなくとも、きっと代わりにやってくれるひとはいるでしょう。だけど――もしあなたが、自分は択ばれた存在だと想うなら、テルクを自由に使ってくれたっていい。
あそこはあなたのために用意された舞台でしょう、片手間に復讐くらいできる」
テルクはべつに、僕の復讐の絶対条件ではない。
手段を問わなければ、加害者を人知れずに拉致して、どこぞの湾内にコンクリート詰めなり有刺鉄線で縛りあげて沈めるなり、やり方はないではない。ただ……テルクという異界への移動に、瞬間転移という超常が働くのは、拉致を試みる際のアリバイ工作上、なんとも魅力的な話じゃあった。
「鮫人とヤヲ因子を解析すれば、いずれ僕らは自分たちのちからで、テルクへ赴くことが?」
「可能でしょうね」
実際、海軍は十三号機を通じて限定的なそれを可能とした。
当時は十三号機など知らなかった僕も、それをそう遠い日の話ではないとなんとなく確信できた。
あとは鮫人とヤヲ因子を、僕自身が知っていくことだ。




