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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-  作者: 琉璃宿命
15.幻惑

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第71話 天充檸檬と天充枸櫞

 姉さんが僕の記憶を書き換えたのは、あのひとが禁則を犯したからだ。ひととしての禁則、3親等内の血族は婚姻できない以上、僕と姉さんが結ばれることなどあり得ないのに、あの人は僕を犯した。

 中学の頃の僕は、それを止められなかった。

 ……なんとなく、わかっていたことだけど。

 姉さんは僕をほかの女に持ってかれるのがよほど怖かったのか、行為中に僕の首に髪を絡めていた。自分だけを、見ていてほしいと主張するようで――


 いやではなかったけど、道理としてはきちんと突き放すべきだったわけで。

 姉さんが芸能活動に専念するようになると、一気に疎遠になって、結局僕らは互いの溝を埋める努力を怠ってしまった。

 歪んだ姉弟の関係を清算して、やり直すべき機会を損なって。



 姉さんに貰った携帯プレーヤーをラジオ代わりに使っている。

 姉さんの曲をリクエストしたリスナーがいたら、その名には勝手な親近感だって抱いていた。


『次の方はラジオネーム、ミサキbyイズミさんから――天蜜レモン「Squash・sh・sh!!!」』


 ダウナー寄りの声質ながら、巧みな唄いわけのできるひとで、飲料のイメージソングの作詞だって手掛けていた。これがそのひとつ。普段の気だるげな態度からは想像のつかない意外さで、だけどヒットすることも、この人からそういうものが発露されたこと自体には、これを聞き返すたび妙に納得がいった。


 昔から、姉さんは悪いひとではないけれど、《《どうかしていた》》。

 実の弟に抱く過度な愛着、ではなく……たぶん母さんが早逝したことで、半ば擦れていたんだとおもう。


「生きることを真面目にやるのは、疲れるし普通にばからしい……」


 などと、いつしかこぼしていたか。

 らしくない弱音だと想っていたが、僕が聞いていたと知ると苦笑して、


「枸櫞は楽しいことだけ知ってればいいよ。お姉ちゃんが全部、あげるから。お母さんだって、お姉さんだって、お嫁さんだって――なんだってしてあげる」

「姉さんが、僕なんかのために、身を削ってやることなんてないんだ。姉さん、芸能を続けるのはいいけど、僕のためじゃなくて、姉さんは心の底からそれを愉しめてる?」

「――」

「僕だって、弱いままじゃない。

 お金だって、全然ないわけじゃないだろう。父さんも僕も、頑張るからさ……姉さんはもっと、自由にやっていいよ。

 自分のための人生を、考えたって、さ」

「でも枸櫞はわたしと、結婚してくれないんでしょ」


 なんの冗談かと当時は想っていたが、実際、あとから思えば思うほど、姉さんの言葉は一見ふざけているようで本気だった。


「実際、父さんなんか馬鹿らしいと想ってるでしょ、あなただって。

 自分の妻に不貞を犯されたはずなのに、死んで逃げられちゃって、それを否定する捌け口にあんたを択んで、みっともない。

 だけど私たちは、そんな人たちの子供なの」


 姉さんは自嘲気味に嗤っていた。


「枸櫞は、あんな呪いに囚われなくたっていい」


 それが姉さんとまともに話せた、おおよそ最後の機会だったと思う。そこからは、あまり変わらない。あの日の玄関先で別れて――


*


 支倉というその女子は、廊下をスキップしながら去っていった。そういう背中を見るたび、つくづく姉さんの仕事は凄かったんだと思い知る日々だ。いずれ薄れいくことはわかっていても――僕はいつまであの人の面影をなぞり続けなくちゃならないんだろう。

 階段へ向かうと、上の踊り場から新たな声がした。


「あーあ、あの子可哀想じゃん。その気もないのに粉かけちゃってさ。

 ……今度はしけたツラしてるわね。

 まるで自分なんて大したことないと言わん《《傲慢な》》――」

「普通、謙遜とか、卑屈だとか言わないか?」


 警戒はしないでもなかったが、相手の顔は知っていた。この学園では有名人、理事長の娘だ。

 泉客美岬せんかくみさき、黒髪をたなびかせ、端正な顔立ちをしている。姿振る舞いには気品のあるが、同時に歯に衣着せなさそうなキツい印象を受ける、正直男受けする類の美人ではないな、と思った。

 つい言い返してしまうが、無視すればよかったことを後から思い至り、額に手をあてる。


「なにその反応」

「いや、無視すりゃよかったなと。

 あんたはここじゃ、有名人のようだから」

「そんなこと言ってていいの?」

「気まぐれなら、巻き込まれたくない。

 泉客美岬さんだっけ、理事長の娘さんだったか」

「同級生だよ、自己紹介する手間は省けたみたいね」


 先に喧嘩売るようなこと言ってんのはそっちなのだが、それを言いだすと話が進まなそうだ。


「私たち、仲良くなれると思うの。

 お互い、《《兄弟を亡くしたもの同士》》」

「!?」


 枸櫞は後ずさり、彼女を睨みつけた。

 姉の――檸檬の死は、事務所もまだ公表していないことだ。


「わかりやすい人」

「カマかけたってのか」

「そうね、ごめんなさい。

 でもあなた、今のままでいいの。

 お姉さんをあんな目に遭わせたあの男や、世間のいたずらな好奇に、騒ぐだけ騒いで貶めておきながらの無関心を、許せたわけ?」

「――、何が言いたい」

「私はそういうの、許せないのよね。

 もし貴方が喪ったもの、奪われたものを取り戻したいと望むなら、私が力を貸してあげられなくもない、ただし相応の働きは求めてる。

 それがお姉さんになり、移り気な世界への復讐でも構わないけどね」


 復讐、言い得て妙だが。


「私は兄さんを忘れさせないために、世界に刻む。

 あなたは、どうなの?」


 忘れさせないために、刻む。抽象的な言い草だ。

 言いたいことのわからないではないが。

 姉はホテルの部屋へ連れ込まれ、薬を盛られての異常行動でバルコニーから転落した――薬を盛った男は起訴されたが、一審では執行猶予つきの判決がくだり、ちょうどその日に前後して姉は死んだ。すっかり意気消沈した父は控訴を諦め、そのままこの件は結審してしまった。

 ……あの男が殺したも同じ。

 あれはそのような殺人だ、それなのに。


 週刊誌では薬を盛られた姉のほうに付け入る隙や道義的な問題があったように語られた。

 審議では向こうの卑劣さを検事や裁判官も認めているかのような口振りだったにも関わらず、結果として出た執行猶予付きの判決は、世間に半端に見られたようで、掲示板ではまことしやかに『被害者側が控訴しなかったのは天蜜レモンに非があったからだ』とするくだらない風説を垂れ流す荒らしまで出てくる始末。

 姉の死を裁判の直後のあのタイミングで公開すれば世間はまた荒らせたろうが、事務所側から先延ばすよう強く念押しされた。元々加害者の男は、事務所のマネージャーから姉さんと繋げたとの噂があったし、僕はそれを事実であいつは責任を負いたくないだけなんだとも想うが、それを唯一確認できたろう姉さんはこの世にもういない。父もやる気をなくした今、僕ひとりではどうすることもできなかった。

 ……彼女についていけば、なにかが変わるのだろうか?

 まぁ、どうにでも、なればいい。

 これ以上ひどいことになったって、僕に失うものもない。


 そうして僕は、学園の地下へと連れてこられた。

……ということで、近親未遂チキンレースは終わりです。

いよいよここからは近親既遂出来レースの時代だってよ正気か?

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