番外SS4:シトラの食事
「シトラがさぁ、最近舌が肥えてきたようなんだ」
「へぇ、というと?」
最近のみっちゃんは、シトラのことばかり話している。
すっかり親バカのそれだ。
「のり弁当、あるじゃん。
海苔の下に敷く鰹節、持っていくと冷めてしけしけになってるのが微妙に……というか本気で気に喰わないらしくてさ、のりの間に鰹節挟むなって言い始めるんだよ。
でもそれさ、正直ほぼ米の味にならん?
あれってないときに初めて、鰹節の風味がどうバランスを取ってくれてたか、ようやくその有難さに気づいたりするんだよ」
「お、おう」
「流石に贅沢言うなって話でさ、仕方なく、あったかい米に海苔と鰹節のあるやつないやつ比較で出すじゃん。でもやっぱり冷たいのはいやーって。もうさ、三歩歩いて忘れるんじゃないんだからさ。
ただ、学校行っていると、僕のいない時間がどうしてもできるじゃん。
四六時中作ってやれるわけもないんだし、レンジであっためて、とか後から海苔を挟んで、みたいに細かい指示出しても、小さい子が全部わかってタスクを処理できるわけじゃないし」
「みっちゃん、本当にシトラのこと大切そうに話すよね」
「そりゃまぁ、家族なんだし」
「ふーん……それで、その荷物は?」
枸櫞はわりと大掛かりな荷物を背負っている。
「明日日帰りで、バウムクーヘン」
「どういうこと???」
「キャンプ地とかで焼いてさ、シトラに食わすの。
最近お高そうな店の見かけてさ、そこのばっか買ってこいって言うんだけど、やっぱり物の価値というのを一から叩きこまないと」
「だからって、なんで?」
「竹筒で焼けるって知ってた?
なんなら、珊瑚くんも一緒に行くかい」
「――」
*
結局、その誘いに乗っていた。
「さんごもばーむくーへん手伝ってくれるの!?」
「うん」
「じゃあはやくはやく!」
ガキのくせして、結構強い力で袖を引っ張られる。
「アサくんに道具借りたんだ、炭とかさ。
藍堂さんが車出してくれたし」
「道理で見覚えのあるわけだ。
その護斗は?」
「今日は用事があって、これないって。
珊瑚によろしく言ってたよ」
「さいですか、ならやったろうじゃん、真のバウムクーヘンを」
軍手をもらい、服の袖をまくった。
そうやってしばらく、気合入れて取り組んだものの――
「――、なんか違う」
「これ、筒に定着してないな。破裂防止の穴あけはできてるけど。
最初に油抜きしないとだめらしいぞ」
「ごめん、ちゃんと確認してなかった」
「時間はまだあるから、またやってみよう」
みっちゃんは失敗した僕を励まして、すぐに次の行動に移る。
シトラに喜んで欲しい――そういうことなんだろう。
僕は自分の見栄を張りたくて、気がはやっていたというに……本当、彼の器の広さに、救われている。
「筒を回転させるのも、技術が要るんだって。
流石に、素人でよって集まってるだけだしなぁ」
動画や検索サイトの知識をかじってだけど、やがてなんとか、食べられそうな形にはなってきた。
「本人は向こうで遊んでるけど、いいの?」
「生地は頑張って混ぜてくれたよ。
火元にずっと近づけててもしょうがないだろう、これ交代でやってても、結構熱いし疲れる……」
「だね。人魚が草遊びですか」
結果、焼き上がりはやや不格好な年輪になったけれど、シトラは大満足のお味だったようだ。
焼きたてのバウムクーヘンを頬張りながら、頑張った甲斐はあったと想うのだが――
「そういやみっちゃん、どうして僕を誘ってくれたの?
護斗はとかく、白錫先輩だっているじゃない、この三人と藍堂さんだなんて」
「予定は合わないじゃなかったけど、力仕事があったからな。
それに、浅葱さんが別で大学のゼミ生と遊ぶ約束入れてたみたいで、邪魔するのも忍びなかったし。
なにより僕が、珊瑚くんと行きたかった。
学年とかそういう上下をさておいて、マブダチと旅行できたって思い出、いくらあっても困らないでしょ?」
「ありがとう……」
しぜん、謝意が口から洩れた。みっちゃんはいつも、周りのことをよく考えている。年齢に見合わないほど成熟しているのが、けしていい境遇かはわからないけど、そのたび自分のことで頭がいっぱいな僕は、彼の度量に拾ってもらってる。
そんな僕なのに、彼はかけがえのない友だと、認めてくれているのが、本当にうれしくて――
*
あのあと急に、珊瑚くんの涙腺が崩壊したから何事かとおもったが、その日はネーレイスに関する変なことも起こらない、ほんとうに穏やかな日で。
……だけど僕は、あと何度、こうした日を過ごせるだろうか。
帰りの車内、遊び疲れて眠ってしまったシトラ。
彼女を膝に抱え、西日にぼんやりと想いを馳せていた。
「もうすっかり、人の親だな」
藍堂から言われる。
「そういうもの、でしょうか。自分では、あんまりうまくできている気もしないですけど」
「これだって、その子のために、考えてやったことだろう」
「お嬢やアサくんの力を借りて、ようやっとですよ」
「それでも、実現できてよかったじゃないか。
……うちに娘がいたら、きっといまのシトラちゃんぐらいだったんだろうな」
「?」
引っかかることを言う。ゴリラ顔なのに、既婚者だったか?
わりに伴侶は見かけないが――確かに左手薬指に指輪がある。
「あはは、湿っぽいこと言っちまう」
「別居中ですか」
「おうよ、俺が不甲斐ないばっかりにな。
その子をお前が猫かわいがりするのも、わかる気がするよ。
今度、うちの妻に紹介してやってくれないか?」
「人魚ですよ」
「そういうのは、さておき。
きっと気に入ると想うんだわ」
枸「おいおめぇら!
シトラ様はバウムクーヘンが大好物だそうだ、献上しろッ!!!」
シ「そこで素直にこーひょーか、おねだりしちゃいけないの?」
珊「規約は守ろうね、シトラちゃん。
ところでシトラが図太いの、みっちゃんの性格のせいが九割がただと思う」
枸「(;´Д`)」
大人サイドを深堀りする尺的な余裕がなくて、四苦八苦です(;^ω^)
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