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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-  作者: 琉璃宿命
14.混線

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第70話 首のない海坊主

 シトラ――神社姫にもう一度会いに行く。

 そう決めた枸櫞たちは、展望室へ集まっていた。


「作戦や、きみたちのやり方に多くは言わないよ。

 どうせあいつには、筒抜けでしょうし……ねぇ、枸櫞くん」


 彼は美岬の言葉の続きを、黙って待つ。


「何処からどこまでが、私自身の言葉なのかな。

 一挙手一投足に至るまで、あいつの思い通りなのが、やってられないのに」

「あいつはきみに、言うほど関心はないよ。

 それにショックを受けるのは、きみがそれだけあの男を、尊敬していたってことじゃないかな。こういう言い方はアレだろうが、僕はそれらすべてが、まるで無駄だったとは思わないな」

「――」

「きみが誰かへ培った敬意は、きみの優しさの証だ。きみが己を誇るようになれば、もう誰に振り回されてやる必要なんてない。泉客美岬は、兄に遠慮する必要はないんだ」

「必ず、シトラたちを、みんなを取り戻して。

 そうしたら私は、あなたに全てを捧げるから。

 私の、王様」

「……その言葉、乗ってやるよ」



 十三号機の空間跳躍は、闢少年の精神をいたずらに疲弊するというデメリットがあった。

 人形三機をまるごと跳ばすのではなく、最初に十三号機で枸櫞たち四人がコクピットへ寿司詰めになって転移してから、八号機、壱号機を転移させる。


「結局、俺は行かないんだな」


 濱田は不満気だが、


「現世の側に残って対応する、誰かが必要です。濱田先輩と浅葱さんにそれを頼みます。那戯のことがなくたって、どのみちネーレイスには対応しなきゃならなくなる」

「三人とも、死ぬなよ」

「えぇ」

「俺はこれ以上、共鳴者同士が殺しあうなんてこりごりだ。

 人魚の魔性に振り回されるのも……」


 了承はしてくれた。


*


 十三号機がテルクの浜へ転移すると、闢は露骨に消耗していた。


「ありがとう、闢くん。

 あとは僕たちで」

『させると思うかい?』

「「!?」」


 膝を崩す十三号機の上から、なにかの影が覆いかぶさる。

 ネーレイスの奇襲だ。

 しかし、すでに枸櫞たちは動いていた。

 召喚された八号機が銛を握って、十三号機を襲うネーレイスを弾き飛ばす。


『未覚醒の人形でおいて、遠隔で起動するとは。

 共鳴者がテルクにいれば、鮫人個々の転移能力なんて関係ないのは確かだが――』

「うるせぇよ、あんた」

『テルクの王は、存外器が狭いな?』

「あんた、自分がそれになりたいんじゃないのか」


 ずっと、謎なことだった。

 テルクに深く関わるものは、シトラですら、僕をテルクの王と呼ぶ。鮫人が王権を競うものならば、王権を簒奪できる存在が共鳴者だというに――僕はそも、テルクでなんの権威も手にしていない。

 シトラを通じて、自分の知らない力を引き出してもらっただけだ。


『ボクは組織だった権威に興味はない。

 必要なのは力だ、すべてを押し流す』


 初めて聞く青年の声――これが本来の那戯の声質なんだろう。


「ようはすべて壊してすっきりしたいと、人間を?」

『それが培った文明を、だな。

 ヤヲ因子があれば、恣意的な歴史の改編と剪定が可能だ。

 僕以外の人間という因子を、現世から史実諸共、一掃する』

「人間が、嫌いなのか」

『いやいや、きみのような男は好きだぜ?

 ボクは僕の言い分に乗ってくれるというだけで、きみのことはいたく評価しているさ』


 そうして現れたネーレイスは、黒い甲羅の首なしだった。

 おそらくはネーレイスにおける海坊主、なのだろうが――、那戯の眷属に、思考は必要ないということか。


『このネーレイスも、美岬と同じだ。

 うちだって何も、いたずらに多くの人形など作っているわけじゃない。

 ただまぁ、きみが王と臣下の主従を美岬に求めるなら、結局はそれと同じことなのだろうね。自分に都合のいい駒というやつは、やはりかわいいから』

「じゃあなんで、美岬さんを棄てた!?」


 咎める枸櫞の声は、掠れていた。

 どうせ、血の通った人間の言葉など、返らないと知っていて。


『そりゃ、飽きたからだな。

 人型の人形のそれは、ただの人形より多くを思考し、あの子という「人間」は野心を得、父への報復という不毛な目的に一心不乱になった。とうの僕は、あのひとにできることなど最初からないんだとわかっていたというのにねぇ、その無様さこそが、人間の醍醐味なのだけれど――人間なんて滅ぼしたところで、いつでも造りなおせる。

 ネーレイスという種族も同様だ。

 ある種の霊長には違いなかろうが、奴らは受動的すぎる。人間の願望の写し鏡として現れるわり、そうでなければ己を表明するだけの思想を積極的に持ちえない。動物的な感性で、善きものと悪しきものを嗅ぎ分けようとする道化、そのくせ、自らの意にそぐわない者ならば、その唄で惑わすこと、殺めることさえ厭わない。

 とはいえ、それが持つヤヲ因子の特質さえわかっていれば……ヤヲ因子とは、《《万能だ》》。なるほどひとが魔性を恐れるのも、もっともなことだよな?

 自身らの存亡さえ左右する力など、人の身で迂闊に触れない――法やら規範という鎖で自らを面倒に規定し雁字搦めにするくせ、それがまっとうに機能したとき、破綻するのはその力を信ずる個人だ。

 枸櫞くん、この前言ってたよね。

 自分は運がいいほうだと……それは紙一重で破綻するロジックだと、きみだってわかっているはずだ。

 テルクがなければ、きみは殺人者として社会から糾弾されざるをえない――或いは、やつを拉致し殺害したことを一生秘匿し、自らを騙し続けるしかなかったはずだし、なにもきみひとりが世界で一番可哀想というわけじゃない。世界というのは、僕たちが日々想像するのも嫌気がさす絶望と不協和に満ち充ちている、史実とは、もはや情報の災害だよ。

 法を遵守するものがばかを見て、道理を蹴倒してなおそのゲームに勝てる確信を持つ者だけが、結局は最後に生き残る、どれほど泥臭くともいい。

 テルクを自身の正統化に扱った時点、きみとボクは同じ側の存在だ、なぜ認めてくれない』

「そこに、シトラがいないから。

 俺はもう一度、あの子のいる時間をあんたから取り戻す!」

『ほぅ、いい威勢だ。

 じゃあ、そのシトラ――神社姫に訊いてみようか。

 きみの言う時間を、その子は望んでいるのかな?』


 黒い甲羅のなかから、ぬくりと現れた黒い首は――


神社姫シュラインノーブル、海坊主に取り込まれたか?」

「シトラ……っ」


 翼は客観的にそれを見ていて、かたや枸櫞は苛立っていた。

 どこまで那戯のやつは、ひとを小ばかにすれば気が済むんだ。


 しなだれかかった神社姫の長い髪が、八号機の首にするすると降りて、両側から締め上げていく。

 第71話からはいよいよ第三部です!

 あともう少しだけ、魔性の人魚たちにお付き合いください。

 云うてそんな長くならない、はず……。

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