第68話 タイマン
波止場に現れた翼は、薄ら笑みさえ浮かべて、枸櫞に語る。
「ひとには自己決定を求めるくせに、己はその限りでないと?
随分と自棄になっているじゃないか、天充弟。
結局お前は、姉に敵わない」
「――、姉さんのことで、僕を挑発してるつもりか。
品がないな、相も変わらず。
茶化しに来たなら失せろよ」
「お前はそうして、逃げているだけだ。
奪われたモノを取り戻す不条理を秘めたるのが、天充枸櫞という男ではなかったのか?
俺はそんな程度の低いものに、負かされたというのか」
枸櫞は見開く。
「そうだよ。あんたも僕も、弱者だ。
弱いなりに、無様に足掻いている。背伸びしたって、できることには限界があるんだ」
「物わかりが良すぎるのも、つまらんな。
人を殺してはならないなら、その道理を捻じ曲げてでも殺していい理由をこじつける、それがお前という男の意地汚さだ、誤魔化してくれるなよ」
「不条理、捻じ曲げる、意地汚いだ?
あんた、魔海狼のときのことを忘れたとは言わせないぞ、人を殺すことなんて、それこそなんとも思っていない人間が!
それともなんだ、那戯になにをされたかもわからず、ここに出しゃばってくるわけか」
「だとしたら?」
枸櫞は一度、嘆息する。
「大概にしろよ……また共鳴者としての力を取り戻したからって、あんたのくだらない破滅に、こっちまで巻き込むな」
「そうだな。
お前が死んでくれるなら、テルクに住まうネーレイスの全て、俺が屠ってやるだけだ。それこそ神社姫だか、お前の魔性の姉だかも」
「っ!」
結果、枸櫞は掴みかかる。
しばらくの間、翼が有利なステゴロが続いたが、枸櫞自身は顔がぼろぼろになりながらも、なんだかんだとこれを耐えている。
「護斗のやつ、無駄にお前を鍛えたな?
ほんとう、無駄にしぶとい」
「ふざけんなよ、あんた!
交叉貫だって、ずっとあんたと一緒に戦ってきた、仲間じゃないのか――こんな事態を引き起こしたやつを、野放しにできるのかよ!?」
「仮にお前の言うとおり、那戯のやつが一連の黒幕なら、あれを倒さなければならない」
「――」
そのとき枸櫞の後ろ手を締め上げていた翼だったが、それを解いて彼を突き飛ばす。枸櫞はよろめきながらも、なんとか立っている。彼の息は荒い。
翼は淡々と続ける。
「いまのお前は、那戯ほどの覇気も足らない。
やはり家庭など持つと弱くなるのかな、それを喪ったとき、結局は立ち直れず、自壊する。
いや、お前はもっと早く壊れてよかったよ。
愚かだな、姉を喪って、育てた妹のような子もまた、奪われて――なんでお前なんかが、生き残っている」
「うる、さい……生まれもしなかった妹の御守りなんか、ずっと女々しく握っていたやつがッ!」
翼は無言で顔を顰め、今度こそ徹底して枸櫞を叩き飛ばす。
彼の息も、大分荒かった。
ここで闢がふたりの間に割って立ち、翼に待ったをかける。
「なんのつもりだ、クソガキ?」
「こ、こんなところで、言い争ってる場合かよ、あ、あんたらが!?
お互い、殴るべき相手は、ほかにいるんでしょう!
それをねちねち、昔がどうだって……」
「うるせぇな、ちょっとどいて。
膝が笑ってるぞ、きみは勇敢だがな――」
仰向けに一度倒れた枸櫞は、よれよれと立ち上がり、闢の背中から肩に手をかけて、のける。
「これは俺たちで、ケジメをつけることだ」
「だな。ところで、タイマンじゃ、勝ち目がないと知っているくせに、まだやるか、しつこい」
「……つーか、お互い不毛だな、あんたも要らん挑発には、すぐ乗っちまうし」
「やめだ、やめ」
「あん?」
翼は殆ど無傷で、両手をぱっぱと振っていた。
「正直な、俺は水子級を倒し、貫が俺の力を回収したことに、納得いっていたんだ。あれ以上、あのまま力を持っていたところで、ネーレイスへの怒りから目を逸らせないまま戦い続ける日々だったろうから――それこそ、テルクを滅ぼさなければ、収まらない」
「???」
「だが、《《こうした蛇足》》は望んでいないんだな。
お前の如何に分の悪い賭けでも立ち向かう胆力には、敬意だって評してやるよ、天充枸櫞。
……那戯のひとを食った態度は、元からだ。
お前があいつの横っ面に一発入れるくらいは、見届けてやる。そこからは、好きにやらせてもらうが。
あいつのせいで、水子級もぴんぴんしていやがる」
枸櫞は構えるものの、やがて腕を下げる。
実際、こんなことに、意味はないと悟っていた。
だけれどお互い、こうでもしなければ、見下しあってきた犬猿の、お互いの態度に溜飲が下がらなかったろう。
「さっき、貫のやつが目を覚ました。
意識ははっきりしているが、やはり共鳴者殺しの力を使えないそうだ。あげく、鮫人にも乗れない。
お前たちと濱田を招集するように言われた、社務所へ急ぐぞ、たく人使いの荒いやつ……」
枸櫞たちはしぶしぶ、彼の言葉に従うほかなかった。
「まださっきの答えを聞いていない。
天充弟、おまえ、死ぬつもりか?」
「……死にたくは、ないですよ。
死ぬことは怖くない、それでシトラたちが完全に喪われるのが、いやだから。
闢くんを連れていくのは、せっかく新しい家族ができた美岬さんに、本当のところ忍びない。
それでも、朱桃の転移能力が損なわれたいま、十三号機に僕らは頼るしかない。その責任を持つだけだ、僕はあんたとは違う」
「なんだ。それでいいだろう、お前は」




