第66話 書き換わる
枸櫞が目を覚ますと、隣で眠っていたのは、シトラでも琉稀でもなかった。生まれたままの姿の、美岬。
「は?」
なにが起こったのかわからず、彼は三分ほど戸惑っていたが――こうなった理由は、わかっているはずだった。
まずは美岬の肩を揺らして、起こした。
「美岬さん、朝だ」
「んー……」
寧ろ掛け布団を引っ被ってしまった。
そういえば、朝は弱いとまえに言っていた気がする。
「なぁ美岬さん、シトラがいないんだ」
「シトラって、誰?」
「琉稀さんに連絡するしかないな」
「何を言って――……白錫先輩なら、この前」
「!」
壱号機とネーレイスへ立ち向かい、帰らぬひととなった。
「冗談じゃない、琉稀さんが死んだ?」
日付を確かめると、真水狩人と接敵した日のことだ。
ただ、遭遇したネーレイスは別の種類だったようだが。
そして美岬は、シトラのことを覚えてすらいない。
「世界が、書き換わった?
ネーレイスの力。
……那戯かっ」
「『ご名答』」
美岬の態度が豹変したから、乗り移られたことのすぐに察せた。
「やはり、きみの記憶は書き換わらないか。
ヤヲ因子と強く結びついているというのも、難儀なことだね」
「あんた、僕たちになにをした」
美岬の姿でバスタオルをまとい、ベッドへ腰かけている。
「きみならもう、おおよそ答えは分かっているんじゃないか?」
「消したんだな、この世界から……《《八号機が神社姫を捕食した事実を》》」
「そりゃ、きみが素直に手を組んでくれないからねぇ。
だったらボクにできることは、きみの強大になった力の源泉を潰すことだ。
観察していてよくわかったよ、八号機はシトラというあのネーレイスの子どもを利用することで、多くの最悪な局面を回避してきた。
《《出来過ぎていたくらいだった》》、八号機が他の鮫人やネーレイスの力を手にするたび、きみはそれを従えてきた。だが、《《従えてきただけ》》だ。首輪と鎖、だったかな。まぁ思念武器は一定の練度と同調率に達すると形状を変化させることの可能だが、きみ本来の力は、あんな貧弱なものでしかなく、武器と呼ぶのもおこがましいものだ。
だから、八号機を強化する切っ掛けとなった、神社姫を捕食させなければいい。簡単なことだろう?」
「どうやって――」
「それに答えてやる義理はないかな。
僕は必ず、セドナを捕まえる。
そのための障害となるものは、なんだって摘み取ってやらなくてはならない。
あぁ……きみのお姉さんの復讐だったかも、これで白紙になっちゃったわけか。八号機とヤヲ因子にまつわる事象が、そのままなかったことになるんだから」
「――」
枸櫞は、床に膝から崩れた。
「せっかくボクを美岬のなかから追い出したのに、残念だったね。
きみの考えているよりずっと前から、僕は僕の目的にかけているんだ。ま、かわいそうだからうちの妹は置いていってやる。
どうせあと何度この肉人形を抱き潰したところで、同じことだろう。
人の世が終わるまで、きみには無力でいてもらう。
これは僕から敗者となった王に手向ける弔辞だ、受け取ってくれるよな?」
有無を言わさぬ、圧があった。
*
「厄介だな。八号機が朱桃になれないって、そうじゃん。
僕からテルクにカチコミ、かけられない……」
少し調べて分かったことだが、この世界では護斗が久原さんの暗示によって僕を殺そうとしたので、僕は八号機で彼を返り討ちに。
珊瑚くんと弐号機も、壱号機こと伏馬翼に、覚醒暴走したところを港湾内で討たれている。
僕は泉客に来てから美岬嬢の手足となって、久原を粛清して港湾内に沈めたり、それはそれで忙しかったらしい。
そんなこんなで、泉客に来てから培ってきた、仲間たちを続々と取りこぼしている。
「伏馬先輩は、久原さんに唆されたようだけど、弐号機を倒してからは大人しい……間違ったことは、していないものな」
この世界ではやはりまだ、水子級にたどり着けてはいないらしい。
奴の復讐はまだ続いている以上、那戯の件でまともな協力など、仰げるとは想えない。
そうなると僕は、生き残っているはずの先達らに会わなければならない。三号機の濱田先輩と、交叉の双子。
だが――、
「いまは……ごめんなさい。
落ち着いて話せる状態じゃないの」
交叉貫が何者かに襲われ、昏睡していた。また那戯の仕業に違いない。
僕は濱田先輩のアドレスだけ、取り乱す浅葱さんからなんとか聞き出して、出戻ることになった。
(だいぶ詰んでいるな、この世界は――)
最初からそうだったが、もうだいぶやる気を喪っている。
泉客那戯の手口は、じつに徹底していたということだ。
枸櫞が敵になると見立てた途端、これを即座に実行してのけた。
「かりに今の状態で、那戯を倒したとしても、すべてが元通りになるかはわからない。
アサくんたちが、いない世界で……あれを倒したところでっ」
「あ――諦めるんですか?」
「――」
最後に釣りをした波止場で立っていると、やってきたのは、
「闢くん、なのか?」
「そうですよ。あんたの無茶苦茶で、十三号機から引っ張り出された。
世界が書き換わる前に、なにが起きたか知ってる!
泉客那戯が、あんたの大切なもの、全部壊そうとしているんだ。俺はシトラを取り戻したい、あんただってそうなんだろう!?」
そう。十三号機と闢くんの件は、喪われていない。
八号機には神社姫の力の有無にかかわらず、あの場に呼ばれ、海軍は実験に失敗したということだ。
闢くんの中から、まだシトラは奪われていない。




