第62話 闢
「……もう、殺して」
彼女の自室へ運ぶ際、瑠稀と浅葱を呼んで手伝ってもらった。
美岬はいつになく、意気消沈している。
「憶えているんだな、那戯に乗っ取られたときのこと、すべて」
枸櫞の言葉に、呆然と彼を見ている。
(今なら抱いてやれば、即落ちるでしょ)
(冗談でもそれ言わないでくれるかな、姉さん?)
シトラの中から、念話が飛んできた。どいつもこいつも、魔性というやつらはみんなこうなんだろうか?
「父さんは、兄さんの被害者だったんだね。
私はそんなことも知らずに、あの魔性の思惑通り、自分のなかの憎しみに振り回されてた。滑稽でしょう、《《天充くん》》」
随分突き放した物言いをする。いつもは枸櫞くんと呼んでくれるのに、まぁ無理もないか。自分に下手すれば、銃口を突き付けられうる状況だと、乗っ取られた際に察しているのだから。
枸櫞は嘆息すると、言った。
「那戯の目的は何だろう」
「なんとなくは、わからないでもない。
まだ確信というほどじゃないから、いま話したくない」
「いいよ、いつでも。まずは休んでくれ。
それに、しんどい時にしんどいこと考えてなきゃならないなんて、誰が決めたんだ?」
「それは……」
「そんなことより、明日だ。
きみの新しい家族を、迎えに行ってやれ」
「あたらしい?」
「そのために、浅葱さんたちにも用意してもらってるんだ」
*
「闢くん、おはよう」
闢と名付けられた十三号機の少年、身元については、枸櫞から理事長の方へ直接話を付けた。養子として理事長が、直に引き取ることになったのだ。こんなことは二回目だと、昨日は食卓で苦笑していた。
「おはようございます……」
境内の掃除はすっかり板についているようだ。
美岬の新しい弟になるが、しばらくは交叉家に貸し出されることになっている。
今日は、美岬との顔合わせなんだが――
「よそよそしいよな、僕には?」
「イエソンナコトハナイデス」
「途中から片言してるし。
こちら、きみの新しいお姉さんになってくれる人だ」
「えと――このまえの?」
美岬も前に出て、頷いた。
「うん。泉客美岬、今日からあなたのお姉さんになる、のかな。
よろしくね?」
握手を求め、彼も初々しくそれに返す。
「こんなに大きい弟ができるなんて、想ってなかったけど。
家族が増えるって、嬉しいことなんだね、こんなに……気持ちが、温かく、て――」
「ね、姉さん!?」
昨日からのアレコレで、心身ともに疲弊していた彼女がぼろぼろと泣き崩れると、幼げを残した少年は、急いでその肩を支える。
案外、好スタートを切ったのやもしれない。
で、僕の足元には、シトラがぴったりと巻き付いている。
そうだな。傍からの姉さんと僕も、きっと昔は、ああいう風に見えてたかもしれないんだね。
僕はその頭へ、静かに手を置いた。
*
落ち着いてからの彼女は、僕と琉稀さんを喫茶店のテラスへ呼び出した。
「うん。
私、ビャクくんのこと護ってくって、天充くんのおかげで覚悟、決まったから」
「――」
立ち直りが早い気はするが、それを擦っても仕方ないだろう。
呼び出した以上、話したいことがあるはずだ。
にしても天充くん……もうこの距離感は、戻らないんだろうか。
「にいさ――泉客那戯は、単にネーレイスになりたいわけでも、永遠が欲しいわけでもない。
おそらく、この星の陸すべてを、テルクの力で海に沈めるつもりよ。
そうしてネーレイスを中心に、新たな霊長を立てることで、その後の世界を支配する。そのために、ずっとセドナを捜していた」
「ネーレイスの、神か」
「イヌイットの神話に語られる存在、あれは北半球のものだけれど、その気になって、仮に操れれば、地軸の付近にある氷をすべて溶かし、人為的な温暖化を起こすくらいのことはできるんじゃないかって。
そのために、鮫人や、ひいてはほかのネーレイスたちの力、なんだって材料にしてやる気よ」
「世界支配、ねぇ」
陳腐な話じゃある、使い古されていそうな、王道の悪役というか。
だけれど、テルクの海原で引き起こされた超常の数々を見せられた自分たちには、まったく笑いごとではない。
「やつを止めて倒すには、単に殺すだけでなく、ヤヲ因子の供給を断たなきゃならないはずだ。あれはとうに人間を棄てている。
交叉さんとこの、真の共鳴者殺しの力だ。
人を護りたいのなら、僕らにできることは限られてる、そうだろう?」
美岬は頷いた。
「気を付けてね、天充くん。
あのひとはいつでも、私の中からあなたを狙っている。
保険的なものでしかないようだけれど、テルクの王というのがどういうものか、あの人なりに興味があるみたい」
「ふぅん。
……どうせこっちの会話なんて筒抜けだろうから言っとくけど、『あんたひとりの身勝手に、うちらはいちいち付き合わされたくないんだ』。
そのつもりで。行こうか、琉稀さん」
「う、うん」
美岬をひとりにするのが不安だったけれど、いまはきっと闢――否、泉客闢少年が、彼女の支えになってくれるだろう。根は素直な、いい子だ。




