第61話 ○○○芸も程々に
枸櫞は藍堂からの連絡を聞き、呆然とする。
「ネーレイスのイタコ芸も、引き出しは程々にしとけって……」
『それはやつに言ってくれ、お嬢の中のな』
「解離人格の可能性も、まだ否めませんよね。
自分を泉客那戯だと思い込んでいる、泉客美岬か」
『詳しく調べてみないことにはな。
だが、自覚的にそうした悪ふざけをするひとでないのは、きみも知っているだろう?』
いや、テルクの海原やヤヲ因子の特性なんだろう。
このまえの妖竜の唄がそうであったように、テルクでは自他の境界というやつがあやふやになる。
弐号機の暴走時、珊瑚くんが僕をごく自然なことのように同化しようとしたこと、ほかにも思い当たるところは、多々ある。
「なぜ僕に繋げるんです。
真っ先にかけるべきは、泉客の理事長へでしょう?」
その会食を終えたばかりの枸櫞だったが、ちょうどあの男は車で先に離れてしまった後である。
『あれ曰く、きみがテルクの王だから、だそうな』
「――、鵜呑みにしてやる必要はありません。
お嬢はどこです?」
『まぁ俺も、お嬢がもっとも信頼するきみに期待してしまうんだろうな。
おそらく、きみのところへ向かう』
「その通り」
「『!?』」
枸櫞は断りを入れてから、通話を切った。
背後から耳元に語りかけてきた、泉客美岬は不敵に笑っている。
「お父様との会食はどうだった、枸櫞くん?」
「悪趣味だな、泉客那戯。妹の身体を乗っ取るだなんて」
レストランのすぐ外、おそらくヤヲ因子による転移を用いたんだろう。美岬嬢は人形使いでないけれど、ヤヲ因子を持っていることは確定している。
やつのここまでの行動に、おそらく嘘はなかった。
枸櫞は美岬の姿のそれをまえに、腰のホルスターに手をかける。
「銃刀法も形骸化したものだよねぇ、流石にそれは、美岬が哀しむ」
「あんたはいったい、なんなんだ」
「ボクは君の種が欲しいんだよ」
「――」
「きみだってもう、うちの父に聞かされたんじゃないか。
美岬はそのために、僕が造った存在だと。
それともなんだい、実の姉にはくれてやろうに、うちの妹では勃たないと?」
「あほくさい……」
エロ漫画みたいなルビ振りやがって……。
最近の僕の周りに、まともな女がいない気がするのはなぜなのかな、姉さん。
大体、自称那戯の言うところの、実の姉にはくれてやろうに、というのだって眉唾だ。どうせ姉さんのせこい性格だ、僕が琉稀さんとやってるときに、憑依したシトラがそのまま種を掠めているとか、そういうくだらない猫だましがあっても、正直なところ僕は驚けない。
僕はいま、琉稀さんに一筋なんだ。……そりゃぁ、姉さんには親愛以上のものを持たないでもないが。
「まだ敵と決まったわけでもないのに、そう警戒されてはな」
「僕は、泉客美岬をよく知っているわけじゃありません。
その女は僕を、テルクへ引き摺りこんだ、元凶でしかない」
それは枸櫞のごく正直な感想だった。
「迷惑にしか、想っていない?」
「――、なにが狙いだと、訊いている。
あんた生前、わざと伏馬翼の憎悪を駆り立ててたよな。
彼の目の前で死ぬことで、水子級への敵愾心をより深めた。
壱号機の覚醒が、狙いだったろう。
自分の命を懸けて、人として死んでまでやらなきゃならないことだったのか?」
「そこまで読まれているとはね。いや、うちの親父はきみを随分と買っているということかな?
きみも察してのとおり、鮫人を覚醒させるにもっとも手っ取り早いのは、共鳴者の感情を一定閾値まで引き摺りだすことだ。
伏馬翼の、ネーレイスへの復讐心は、その実もっとも有効に見えた……しかし、随分と時間がかかってしまったよ。
本当はテルクの王が来る前には、もっとなんとかなっているつもりだったんだが、これでは水子級に食い散らかされるリスクを冒してまで、ボクが永らくを待ったかいも、なくなりかねなかった。
最後の一押しは、きみへの対抗心だったんだね」
「!」
「ボクでは翼くんへの好感度を、稼ぎそびれたってことかな?」
自分もひとのことなど言えたものではないけれど、こいつも大概、狂っている。シトラや姉さんがそうであるように、魔性へ適した資質を、生前からして持っていたことの伺えた。
美岬の顔で――、
「その顔で笑っていいのは、その顔の持ち主だけだ」
「なにを言っている?
美岬は空の器だよ、自分は泉客の娘として育てられたと哀れにも思い込んでいる、人形に過ぎない」
「っ、お前は――」
ネーレイスをヒトの敵だと割り切っていた、伏馬翼のがよほどマシだったまである。敵か味方か、以前の問題だ。
泉客那戯を名乗るこの存在が、僕には腹立たしくてならない。
「きみの種が欲しいのはそうだけど、いまは待つことにするよ。
いずれ、きみとはテルクで相まみえることになるだろう。
それまでは……この哀れな人形は、きみたちの手元に預けておこうか。
どうせもう、長くはもつまいし」
糸の切れたように崩れる美岬の身体へ、急いで駆け寄る。
倒れる前に、なんとか受け止めたが――気絶している彼女の顔は、青白い。




