第60話 かの親子
夕刻、美岬は枸櫞に文句を垂れていた。
「て、なんで私が天充くんの服を選ばなきゃならないわけ!?」
「だってしょうがないだろう、制服で行けと言うならそれでもいいけど、あと僕が持ってる礼服なんていま、喪に服するやつだけだよ?」
「うわあ。確かにそうだろうけど」
「レンタルでもなんでもいいからさ、人に会うならちゃんとした格好じゃないと、僕自身納得いかない。
あまり畏まっても仕方ないけど、界隈のドレスコードや空気感を僕じゃ掴めない。
あぁ、フレンチの食器の使い方なら知ってるから、それは問題ないとおもう。
姉さんと昔、一緒に勉強したんだ。こんな風に役立つ機会が来るなんて、思いもしなかったよ。
きみが本当にいやなら、べつにいいですけどね」
既にショッピングモール内の服屋に入った後である。
「ここまで連れて来ておいて、それ言うんだね。
私もスケジュールに、たまたま空きがあったからよかったけど。
……支払いはこっちで持つよ、うちの父が、急に申し訳ない」
「やっぱり、水子級の話だと思うかい?」
「そうに違いないとおもう。
あの人は軍と交渉するのに、きみという存在をだいぶあてにしているようだから」
「買い被られているな」
「いつまで、くだらない謙遜なんて続けているの」
「――」
「自分が為すことの意味を、正しく受け入れられないのも、それはそれで無責任でしょう」
「……悪かったよ」
そこまで言い切っておきながら、美岬のほうも謝る。
「ごめんなさい。会うたび、こんなことをあなたに言うつもりなんてなかったのに、私、余裕がないんだ」
「うん。人の目には、気を使わないとね。
あまりカリカリしていると、何事かと思われる」
この女の八つ当たりサンドバッグにされるのも、自分に原因がないわけじゃないんだが――やはり人の上に立つものとしての器は問われる。彼女だって、それを自覚的だ。
「きみにはもっと、かっこいいところを見せてもらいたいな。
ついていく僕たちだって、プレッシャーを与えたいわけじゃない」
*
おかしいな、僕が服を選ぶ回だと思ってたら、なんか美岬嬢の試着をスマホに
撮り収める係になっている。
あとで護斗に、高く売りつけてやろうか?
「じゃなくて、僕が自分の服を選ぶという話じゃなかったか?
もうだいぶ時間が押してるんだけど」
「制服で行けばいいじゃん、学生なんだし」
「ああ、もう。
きみはなんでも着こなすんだな、うちの姉さんほどじゃないが」
「シスコン」
「そうだが?」
「無敵かよ、開き直っちゃって。
そりゃ、天蜜レモンさんにはかないませんよーだ、本職と較べるのはなしでしょ」
「……まあたまの衣替えで、気分転換を図るのも悪くはないんじゃないか。
おかげで本来の目的が飛んだけど」
「うーん、すっきりした」
「きみだけな」
「悪かったよ、今度私から食事に誘うから、ゆるして」
「あぁうん」
なぜか枸櫞の両手は、彼女の買った彼女の服の手提げで埋まっている。
「車へ運べば、あとで藍堂さんに運んでもらえるから」
*
理事長は枸櫞のテーブルマナーの手際に感心している。
「その年で、よく学んでいるな。本当に一般家庭の育ちかね?」
「……姉さんの教育が良かったことに、いま感謝しています」
「ところでどうやら、うちの娘にさっきまで振り回されていたようだな」
「――、昔からそうなのですか?」
「ご想像にお任せするよ」
なんなんだろうな、この親子は本当に。
ひとの人生を板挟みに、振り回して。
「ご子息の命を奪った水子級は、壱号機によって無事討伐されました」
「あぁ、知っている」
理事長の食器を動かす手が、止まる。
「私の弱さが、那戯を殺した。
言い訳をするようなことでもない」
「――」
「ネーレイスを無視し、テルクの探査を強行したのが私だ。
悔いはない」
「いったいそうまでして調べてきたものは、ご子息の命に見合うものだったんですか?」
「きみは、美岬なら私よりもっとうまくやれたと想うか」
まぜっかえされた。
「現場を見ていませんからね。
美岬さんが知らない、べつの事実でもあるなら、とかく」
ふたりの間に、しばしの静寂が流れる。
「……本当にあると言うんですか?」
「だとして、きみは私の言葉など信じるかね」
確かに、那戯の件は過去のことであって、僕は完全に部外者だ。
口を出す資格なんてないんだろう。
理事長は嘆息とともに、語りだす。
「ここからは、私の独り言だ。
那戯の鮫人は、生前すでに覚醒していた」
*
藍堂は車に美岬の荷を積み終えるが、彼女がいつまでも戻ってこないことに気づく。
「見失った?
ばかな、厠へ行っただけだろう……」
実際、女子トイレに行くところまでは確認できていた。
取り敢えず、本人の電話にかける。
『久しぶりに戻ったが、すると壱号機は空の器か。
丁度いいじゃない』
「……あんたは誰だ?
それは美岬嬢の端末だ、彼女はどこにいる」
『問題ない。僕は美岬の兄だよ』
「!」
『あぁ、泉客那戯だ』
美岬の声帯を通して、そう語りかける、美岬でないナニモノか。
藍堂は戦慄した。




