第55話 念動
『掴んだ』
その言葉とともに、浅瀬に立つ壱号機が色を変える。
淡い藍色を纏うが、外形に変化はない。
(壱号機が覚醒した。
さっきの幻惑のなかで、あいつなにか)
「悟ったのか?」
『――俺は、お前たちとは違う。
人として、貴様ら総てのネーレイスを滅ぼすモノだ』
その決意が人形を覚醒させてなお、非覚醒時の人型を維持しているとでも言うのか。
八号機が首輪を投擲すると、殆ど同時に、壱号機はその青い腕を振った。
「!?」
水子級の竜翼が、直後硬直した。
(念動――サイコキネシスか!)
正直、これまでの枸櫞には盲点と言えた。
これまでが、武器というものをほとんど有形でしか考えていなかったのだから。そう、それが技であるのなら、器物は必要ない。
海流を支配する八号機のそれが、ある意味彼の持ち技ではもっとも近いか――けれど枸櫞の力の行使は、自分の外側のものを屈服して使役する、壱号機のいまの在り方とは、真逆のモノだ。
(……伏馬翼、大した男だ。
鮫人の力を、人の身で御し得ようと言う気概《《だけは》》)
そう、だけは。だけれど、そんなお前の矜持は、水子級を滅ぼしても飽き足らず――かならず、シトラのような生成りを傷つける方へ、また向かうんじゃないのか。
背中から突き出た妖竜の首を、枸櫞の首輪が捉えて、水子のなかに埋まっていたそれを、脊髄まるごと抜き取るかのように、八号機は引き剥がした。
壱号機の念動は、対象がふたつに分離した後も続き、悲鳴をあげるネーレイスたちを海上へ叩き落とす。
『肥え太った豚が。赤子の顔を真似るな、気色悪い』
水子級の背中から、うようよと虫のような組織が散らばって、すぐに動かなくなったり、蠢いたりしている。妖竜はごく最近になって取り込まれたからか、まだ比較的同化も進行していなかったようだ。……どのみち、お前らを狩るために、僕らはここへ来てしまったのだが。
「苦しそうだ」
すでに虫の息の妖竜の首に、八号機は食らいつく。
『姉と揃って、つくづく賤しいやつだな』
「――」
もう、なんとでも言わせておこう。
僕にとっては、ネーレイスを食するということは多義的な意図を孕むようになっていた。
今のそれは、妖竜という存在への介錯。水子級に汚され、苦痛を強要された存在への。僕はそうして、また人魚の肉片を喰らい。
その傍らで、壱号機による水子級の処刑ショーが始まった。
海上に引き落とされた醜い白い肉塊は、なかなかのダメージを負いながらも、すぐに壱号機への進もうと起き上がってのける。
やつはほんとうに、大きい図体で暴れる赤子のそれで、海上で遊ばれる俺たちは、ネーレイスの用意した、悪趣味な揺りかごに迷い込んでしまったかのような錯覚さえ、受けていたかもしれない。
水子級の腹の中から、自発的に生えた人型の白い人形たちが、壱号機へと襲い掛かる。本体は念動の圧ですぐに硬直していたが、端末たちのほうは、念動の影響を受けていない。翼自身、覚えたての力を細かく制御できるつもりはないようだ。
手甲鉤を用いた、白兵戦へとすぐに切り替えて、やつは直進していく。
水子級のまえにたどり着く頃には、手甲鉤の爪が欠けていて、修復が追いついていない。
しかし、そうしてすべてを貫いて――水子級の胸に、貫手する。
有無を言わさぬ、圧倒的な暴。
その手慣れた様子と執念に、枸櫞はちょっと見惚れかかったくらいだ。
水子級は、断末魔とともに海上で崩壊する。
ほかのネーレイスを倒したときとは異なり、とにかく薄汚い現場だった。
こいつがテルクの中で貪ったものが、淀みとなって海上へ溢れかえり、しばらく残留し続けることを、確信させる。
一面に大量の蛭でも蠢くような、大小のネーレイスの肉塊、肉、肉、泥、肉――白と薄黄色の、汚濁のなかで、鮫人のみが立っていた。
『次は、お前たちだ』「――」
そう宣言すると、蒼い壱号機は八号機へと襲い掛かる。




