第54話 再びの龍宮塔、空飛ぶネーレイス
テルクの黄昏る空に、またしても龍宮塔が浮いている。
そしてその上に、竜の翼を生やした胎児が座していた。
今度呼び出されたのは、
(一番組みたくないやつが……)
八号機と、壱号機。
相対するは、形状のオカシイ水子級。
「データにあった、妖竜級の翼?
水子級に、捕食されたのか」
壱号機、伏馬の方からため息がする。
美岬が交信機越しに捕捉した。
『そもそも、ネーレイスはなにかを食べるということのなかったから。
水子級は、異常なのよ』
「口はあるのに?」
『唄を奏でる器官であって、食べるためのものではない。
彼らは発生した時点で寿命というものが存在しないとされる、劣化することもないなら、代謝だって必要がない、或いは生命に必要な最小限の活動効率で済むということ』
シトラを膝に乗せながら、枸櫞は思案する。
水子級は翼と美岬の怨敵だ、ふたりが詳しいのは当然か。
『手を出すな、こいつは俺がやる!』
「お好きにどうぞ、邪魔をするつもりもないですから」
壱号機には、勝手にやらせよう。
「ですが、向こうは龍宮です。
高所を取られている以上、そも触れられませんよ」
まえに龍宮塔で八岐級を屠ったときは、八号機の鎖で足場を造った。だが伏馬のやつに、手を貸してやるつもりもない。
「美岬嬢、僕は壱号機に手を貸さない」
『――、水子級を討伐する間だけ、何とかならない?
きみたちの安全も、脅かされるだけだと想うけど』
「泉客那戯の仇を、どうしても討ちたいからか?」
『……違う。
きみたちを死なせないって、約束してるから。
現場の判断を優先するけど、埒が明かないようなら――』
「それを聞いて、すこし安心した。きみはいつも通りのきみだ。
ところで伏馬のやつは、問題ないようだぞ」
『なに?』
人形の覚醒もしないうちから、手甲鉤の刃を分離して、水子級へと投擲した。刀身はまっすぐに飛び、勢いもなかなかだったが――到達する直前、妖竜の翼の制動と風圧で、掠らせても貰えない。
伏馬は舌を打つが、すでに次の鉤爪を生やして、移動している。
「やはり、ある程度は飛べるようだな。
図体のわり、滞空時間も長い。
空を飛べる人魚って――このままだと、決定打にかける。
僕が首輪を投げても、風圧で逸らされるかもしれないな」
(そうなると結局、壱号機の覚醒に伏馬は賭けるしかない。
先輩のお手並み、拝見といきましょうか)
ふと、弐号機の暴走したときのことを、枸櫞は今更また思い返していた。
「僕がテルクの王になる――ねぇ。
テルクの王様って、なんなんだい。
なあ、シトラ」
「おーさまは、くえんだよ」
「よせやい、こっぱずかしい……味方がまた、あんな風になるのはごめんなんだが」
そも伏馬翼が、僕の味方であったことなんてあるんだろうか?
水子級が口を開こうとするのが見える、なぜか途中でやめて、口を閉じる。すぐに背中から、苦悶する女の顔が持ち上がる。
《《自分では唄えない》》から、喰らった妖竜に無理やり唄わせるのだ。
「何をする気だ?」
*
「ねぇ枸櫞、おかしいと思わない?
従兄弟なら結婚できるのに、父親が違っても、同じ胎から生まれた私たちが結ばれない世界なんて」
……どこかで、身の憶えのある会話だった。
なぜだ?
僕はこの前東京に行くまで、僕の出自など知らなかったはずなのに――
場面が切り替わる。
ぐしゃぐしゃになった『安産祈願』のお守り、交叉神社のものだ。
こっちは、僕の記憶じゃない。
伏馬の?
ならこの唄の正体は――
波が覆いかぶさるように、次の記憶が巻き戻される。
「どうして俺ではダメなんだ、檸檬さん」
「わたし、好きな人がいるんです。その人はいつも、自分は大したことないって顔しているけど、腹が決まってからは凄いんです。
きっと翼くんなら、もっと自分に相応しいひと、見つけられると思います。私なんかと違って」
「――」
体よく断られた告白。うまいこと言ったものだが、翼にも、自身が檸檬の眼中にない自覚はあったようだ。
どのみち、一時帰省した彼女にダメもとで伝えてみたけれど、幼少期の思い出や繋がりなんて、あてになるものじゃない。
そして次は、いつかの僕に主観が舞い戻る。
出かけの姉さんを見送ろうとしたら、玄関で振り返ったあのひとが、名残惜しそうに僕へ接吻して――
「姉さん……?」
「しばらく忙しくなりそうだから、クエン酸補給しないとね」
「言い方」「うんうん、枸櫞はかっこいいよ。この私が太鼓判を押してあげる」
「まったくもう、調子いいんだから、お姉は」
それが、二度と目覚めた姿では帰ってこなかった、あの日。
*
いけない。
この唄は、この場にいるものらの自他の境界をあやふやにしてしまう。伏馬も、僕とおおよそ同じものを見せられているはずだ。
『そうか。天充檸檬は、そういうふしだらな女だったんだな』
「……っ」
あんたがなにを見せられたか、全部はわからないけど、その言い方は、姉さんに対して、あんまりだろうが。ヒトの性向は、育った環境がどうであれ、結局は当人の選択に由来してしまう。
あんたを択べなかったあのひとに、だからって罪はない。
どこまで僕を失望させるんだ、伏馬翼、あんたは?
なんならいっそ、衝動に従って、ここで殺してやろうか。
元凶となった、水子級を見上げる。
退屈そうに欠伸までしていたが、こちらが唄の作用に惑ったと気づいて、悪辣な笑みを浮かべている。
壱号機がやらないなら、僕が――いや。
『哀れだな、弟』
「は?」
『力を貸せ。
お前の首輪で、妖竜の首を捕らえるだけでいい』
ふてぶてしいやつだ。
「手を出すなってんじゃ?」
『水子級には触れるな。
妖竜までが邪魔をするのは、やっていられん』
「ほぉ、はぁん……」
その提案には、載ってやろう。この場でもっとも不快極まりない存在は、あれらのネーレイスには、間違いないのだ。
互いの気質に、見切りはついている。
僕らの間に、それ以上の言葉は要らなかった。
『――掴んだ』




