第44話 チェインドライヴ・始
ここに……ちょっとばかり見覚えがあるのは、琉稀さんの実家だからか。所謂インナースペース的なものか、誰の記憶に由来したものかは、おおよそ察しが付くが。
「枸櫞くん」
振り返ると、あのひとがいる。
「琉稀さん――なんですよね」
「うん。自分じゃまだよくわかっていないけど。
私、あの犬みたいなのに襲われて――?」
「えぇ、四号機と琉稀さんは動けなくなって、代わりにシトラがやってくれてたんです」
「そっか……どうりで。枸櫞くん」
彼女は枸櫞に近寄って、抱きしめた。
「私たち、人間超えちゃってるよね。
鮫人に乗るってどういうことか、ずっとよくわからないままだった。
だけど今なら、少しだけわかる気がするの――ひとが人魚になるってこと」
「それって……」
「私、知ってたんだ。枸櫞くんの一番になりたいとき、本当のそれは私じゃなかったこと。檸檬のこと、昔から大好きだったでしょう?」
「――」
「きみが憶えてないくらい、小さい頃に、わたし、あなたを見たことがあった。声もかけれなかったけど……ほんと、器が小さくて、やになっちゃう」
「なんですか、それ」
「それでも枸櫞くんが、私に親身にしてくれて、寄り添ってくれたから……いま、意地でもそれを手放せない。きみの永遠になりたければ、檸檬に勝てないわたしなんかは、檸檬と同じになるしかないんだ」
「琉稀さんは、琉稀さんです」
「知ってる。どうやったって、私は私以外になれないことも、きみはよくわかっててくれた。これはね、別に、焦ってたとかじゃなくて――私にできることは、『きみだけの』お姉ちゃんになることなんじゃないかって」
「!」
「檸檬は成功していくにつれて、あなたを置いていかざるをえなかった。
きっとそのことを、悔やんでもいたとおもうの。
わかるっていうと、語弊があるんだよね。
これは《《シトラちゃんを通して刻まれた》》、枸櫞くんたちだけのものだから。私はずっと、あの子が生きている間も部外者でしかなかった。
だから、口が裂けても、わかるなんて言っちゃいけないんだ。
ただ――ただね、枸櫞くん。
私たちは誰でもよかったわけじゃない、そのとき私たち自身に必要な言葉とか行動とか、それが正しいとか間違っているとかも問題じゃなくて……それを投げかけてもらった瞬間を、特別にしたい。
きみが私を特別にしてくれるように、それだけなんだ、だから。
私、鮫人に乗れててよかった」
*
最初に枸櫞からの力の繋がりを感じたのは、珊瑚だった。
「みっちゃんの、力だ――みんな!」
『あぁ、俺たちにも伝わってくる、八号機たちの』
『俺の腕も、治って』
三号機の手首から珊瑚が剥がれ落ち、指先までが復元されていく。
『ふざけているのか……』
十三号機は、敵の鮫人たちの変化に苛立っていた。
四号機のまえで、八号機が銛で立ち塞がっている。
剣戟を演じる枸櫞の動きは、以前までと比べ物にならないほど、きびきびとしている。
(みっちゃん、凄い。もう護斗の技術を、ものにしているのか)
『人魚の力に惑わされて、お前たち人間は、卑怯で、愚かで、そのくせ自分たちのことしか考えない!』
『まるで自分が人間じゃないかのように語る。
お前が扱っているのだって、同根のはずだが?』
『俺は――おまえたちが鮫人なんてものを掘り起こすから!
俺みたいな存在が生み出されたということ、どうしてそれが罪深いことだと、わからない!?』
『主語がデカい、きみが戦いの道具として生み出されたのは、哀れんでやってもいいが』
『舐めるなッ!』
十三号機の悪足搔きが、始まった。
*
十三号機のアレは――覚醒とはいささか異なるようだが、いくつかテルクにまつわる異能を扱えるらしい。
三叉槍を触媒に、ネーレイスを自らの唄で狂わせて、使役する。
弾の再構築に時間さえかかるが、ほぼ尽きることのないミサイルの弾幕。
これは弐号機の力でもなければ、枸櫞たちは対応できない。
あるいは八号機の海流を支配する力を扱ってもいいのだが、それをやると細かい指定がきかないし、すでに海上にいる護斗たちを水の流れに巻き込みかねない。浜に上がらせるには、役割分担を誤った気もする。
(そうだ、アサくんは八号機の水を操る力は見てない……今度から言い含めるべきだな、いや、今でも)
ところで、真水狩人はさっきから執拗に十三号機を噛みついて追い立てており、そのたび八号機との剣戟は中断されるのだが、向こうはミサイル弾幕を時間差で扱うという技方を崩さないし、スタミナで言えば僕ら泉客の共鳴者より、普通に秀でているんだろう。長引けば、こっちばかり不利になる。
(弐号機はミサイルの迎撃、三号機と五号機は海中のネーレイスに翻弄されて、まだろくに身動きがとれない。
十三号機に戦況を好き放題されている現状に、変わりない)
『枸櫞くん、手伝って』
「えぇ――四号機の心核を取り戻します」
念話でやり取りして、八号機は今度、海上へ移行した真水狩人と十三号機の衝突へ、文字通り「水を差す」のだ。
『なん――ッ』
海流で、ふたつの敵を徹底して痛めつけていく。
「シトラ、琉稀さん!」
『『いま!』』




