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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-  作者: 琉璃宿命
8.八岐級

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第39話 その父

 浅葱は琉稀の身体を使うシトラを前に、頭を抱えている。


(枸櫞くんが取り乱すのも、無理ない)


 シトラがしていることは、常軌を逸している。彼女自身に悪意はないと、枸櫞は考えているようだけど、私たちはそれを平静に受け入れられるようにはできていない――人間と人魚の差、なんだろう。


「シトラちゃんはどうして、琉稀の身体を使うの」

「琉稀がいないと、枸櫞、哀しそうだから」

「……琉稀から離れられないって言うのは、ほんとう?」


 彼女は首を横に振る。浅葱は溜め息をついた。


「なんでそんな嘘を」

「琉稀が枸櫞と一緒にいたがってた」

「そんなかたちで叶えても、枸櫞くんも琉稀も、苦しむだけだよ。琉稀のこと、眠らせてあげて」

「うん……」


 ネーレイスは、嘘をつける。シトラがそれを実践できたとして、やはりそれは枸櫞と琉稀のため。この子は、人間をよく分からないままなんだ。


(私も、しっかりしないと)


 天充くんの人生の先達として、琉稀の友人として。


「ね、浅葱。枸櫞が琉稀の家、お泊まり、ダメかな?」

「それは。枸櫞くん自身が決めることだよ」


 また突拍子もない提案、だけど全部、


(枸櫞と琉稀のため……この子を憎めない、きみの気持ち、少しだけわかった気がするよ、枸櫞くん)


 彼はどれだけ心折られても、自分で立ち上がろうとする力がある。私も琉稀の新しい恋を、応援したいと思うから。


*


 それは唐突なことだった。


「理事長からの呼び出しとはな」

『――』

「美岬さんのお父さん、会ってくるよ」


 学内のアナウンスで、枸櫞個人が呼ばれた。こうなってくると、断るわけにもいかないだろう。一応美岬に電話でことわりを入れておこう。


「このタイミングで声を掛けてくるなら、僕が共鳴者だと知ったうえでだろう?」

『気をつけて。あの人の裏には、海軍がついてる』

「あぁ……」


*


 理事長室へ行くと、痩せ型の神経質そうな男が机に肘をついている。机の上には錠剤のケースが置かれているが、向精神薬の類だとは美岬から聞いていた。

いつ倒れてもおかしくなさそうな、顔に見受ける。


「初めまして、天充枸櫞くん。

 単刀直入に行こう、話とは、鮫人八号機のことだ。

 東京へ行ってくれ。

 陸軍の実験に、協力してくれないか」

「……龍宮を探査したとき、九号機からほかがどうなったか、僕が知らないとは思っていませんね。

 そのうえで、軍に協力しろと」

「そうだ」

「――、僕に犠牲になれとでも?

 海軍のつぎは、陸軍?

 節操がなくありませんか」

「あれは不幸な事故だった。国との適切な関係性の構築は難しいものだが、泉客グループに対する軍の脅威判定は、きみらが考えている以上に深刻だ。遺跡すべてを手放せと、奴らはそうまで言ってきている。でなければテロリストと見なすまでな。

 たかが一族のくだらない伝統なら、捨てればいいが……遺跡は地域に密着し過ぎている。従来からの泉客の支援者らを無視できるほど、私も強くはない。

 今の海軍がこちらへ強く出れないのは、こちらが四人の人命を支払ったからだ。

 きみが鮫人で覚醒したことは、私も掴んでいる」

「具体的に、どうしろと。遺跡の管理は娘さんに押し付けたじゃありませんか」

「きみがやってくれれば、ほかの共鳴者たちは死ななくて済む。海軍だけではない、陸軍も遺跡を部隊で制圧する口上を欲しがっているんだ。オーパーツが齎すものは、国益に還元されなければならないと、それぞれの思惑で折衝している」

「――」


 この男の言っていることは、おそらく本当だ。


「海軍は先史文明のオーパーツを我が国の海運と国防に役立てると公言するが、どうにもきな臭い」


 そこで具体的な将官の名も出てくるが、枸櫞は聞き流す。

 大人同士の利権の小競り合いだというのは、いやでもわかる。


「父親の資産整理だの、姉の事務所との交渉だの、言い訳はいくらでもつこう。

 海軍に睨まれようが、私ならきみを責任持って、彼らのところへ」

「知らないひとを信じるのは難しいですね」

「行くのは身一つだ、鮫人そのものを持っていく必要はない。陸軍にも、鮫人に関する基礎知識はある」

「あなたが流した、ではなく?」

「そうしなければ、陸と海どちらもすぐに互いの領分を越えようと動いてしまう。必要なことだ」

「彼らに火種を与えているとは、考えませんか」

「否定はできない。けれど、ネーレイスとテルクは、そもいち企業体が占有できるようなものではない。世界まるまるを預かると言うなら、それはインフラとして国家単位が統括すべきものだろう」

「だから大人しく、美岬嬢に渡したわけですか。どうせ将来的に、事業は彼女のものですらなくなる」

「うちの娘に惚れたかね?

 なんなら君に、くれてやってもいいぞ」


 枸櫞は押し黙る。無論、呆れていた。


「ご子息が亡くなられたとき、娘さんに謝られましたか」

「家族のことに口を出すなど、何様のつもりかね」

「そちらこそ、僕の身元を丸裸にするところ、親子揃って何様のつもりでしょう。僕が好きで共鳴者をやっているとでも?」

「なるほど、一理ある。

 もし人工的に共鳴者を生み出せるとしたら、どうする」

「なんの話です」

「もしきみが共鳴者をやめられるなら」


 確信のありそうな言葉だ。


「ばかな……」

「確度は高い。陸海軍ともに競って研究している分野でもある」

「たかだか旧いお人形さんを動かすために必死なんですね?」

「その人形の行方が、海域を左右してしまうのだ。きみはその意味を、真剣に考えたことはあるかね。

 まぁ、東京へ行けばきみはいやでもわかる。両軍はすでに、ヤヲ因子を独自に扱うことに着手している。彼らが欲しているのは、覚醒した鮫人の共鳴者のデータだ」

「僕が断るとは、考えないんですか」

「強制はしないが、すると追い込まれるのは美岬自身だ」

「――、あなたの目的は、娘さんに遺跡とそれに纏わる全権を自ら手放させることですか」

「そうだ。わかってもらう必要はない、だがあの子の命を護るため、私にできる最大のことだ」

「……東京へは行きます。日取りは、ゴールデンウィークにそろ差し掛かりますね。帰省シーズンに上京とは……ですけど、僕が軍の言いなりになるために行くというのは、考えないでください」

「強く出たな。それが姉譲りの交渉術か?」

「姉さんは、あまり関係ないですね。

 ただ、行けと言われて行くのも癪です。

 僕はあなたの言葉に従うに相応しい、対価を求めます」

「ここまで話した内容も、きみには充分大事な情報のはずだ。美岬は遺跡と鮫人の運用に、本当の都合の悪いことはきみに話さない」

「そこまで娘さんを分かっていて、その地力を信じてやらないんですか」

「信じるかはさしたる問題でない。これは、互いの主義の問題だ。私を止めたいとあの子が言うなら、最後はあの子自身の力で乗り越えねばなるまい。……違うか?」


 この男、見てくれよりできる。流石にニューホープの父は伊達でないということなのか?


「あの子が権力を望むなら、私は悦んで敵にでもなってやる。おのが総てをかけてな」


 枸櫞は思った。こいつはこいつで、難敵だ。僕如きは眼中になく、システムから揺さぶりをかけてくる。最後に美岬が乗り越えねばならない壁、この痩せぎすのちっぽけな男の何処に、そうまでさせるもののあるのか。……僕は、大人がまだよくわからない。


「娘さんを、愛していますか」

「それを語る資格を、私はすでに持ち合わせていない」


 なんとも、煮え切らない話だった。

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