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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-  作者: 琉璃宿命
8.八岐級

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第38話 誰になる

「シトラなのか」


 しばらくテーブルで無言で向かい合っていたが、結局枸櫞から訊く羽目になる。


「ぎくっ」

「シトラなんだな。

 四号機と琉稀さんに、なにがあったか。

 きみの言葉で、話してくれるんだな?」

「もち……」

「先輩の身体を持ち出さなきゃならなかったのか、どうしても」

「『�A�E�B�\�E�g��』、枸櫞、捜してる。琉稀のために」

「あぁ、真水狩人アーウィヅォウト

「そう、それ」


 文字化けのように聞こえるのは、あれか。シトラがテルクのものを、自分の言葉で語ろうとすると、唄の断片のようになるんだ。僕は、ヤヲ因子のおかげか、小なり耐性ができているのかもしれない。


「シトラもいろいろ考えたの」


 前よりも流暢に話している。それは琉稀の姿と声帯を扱うはずなのに、声音はあまりにも生前の姉に寄っていく。


「四号機、使って、琉稀のからだ、辿れば――あいつの居場所、見つかるか、思って」

「――」


 僕は今、なにを見せられている?

 シトラといると、こんなことばかり。


「琉稀さんの身体から、元のように離れることはできる?

 その姿は、正直落ち着かないんだが」

「できないよ、ほんとうの琉稀が戻ってくるまで」

「そのひとにはそのひとの家族がいるんだ、家で琉稀さんの帰りを待ってる」

「枸櫞も、そうじゃないの?

 琉稀の家族、なる」

「琉稀さんを育ててくれたひとたち、心配しているんだ、シトラ。

 だから、こんなことは良くない」

「それはうそ。

 琉稀ずっとひとり」

「え?」

「大学入ってから、琉稀のお母さんすぐに死んじゃった。

 だからひとりで住んでる」

「母子家庭だったのか……昼間なのに、合鍵で入るしかなかったし。

 そういや、ろくな連絡先もなかったか」


 たぶん、美岬のほうでは知っているんだろうけど。


「挨拶どころか、いないんじゃな。

 あの状態で病室に置いとくのと、どっちがマシかわからんくなってきたが」

「琉稀、ぜったい枸櫞と一緒がいいとおもってる」

「それはいかんだろう。

 いや、一人きりで寝かせとくわけにいかんけど」


 数日病院に置かれて、でも身体に一切の変化がない以上、バイタル記録を採るのを最低条件に、昨日、彼女の実家へ運ばれた。部屋まで上げるのは、僕と浅葱さんがやったけど、じゃああれからは、泉客による最低限の警備がなければ、誰も――?


「ばかなの?」


 琉稀の顔で、そんな幼いジト目を向けられるとは夢にも思わんかった。


「……わかった、今ここにいるのは仕方ない。

 だけど、まずは美岬さんに相談する。

 あのひとがダメだと言ったら、ダメだからな」

「枸櫞、琉稀のこと追い出すの?」

「シトラ、ここには僕らだけが住んでいるんじゃない。

 ご近所がそのまま同じ建物に入ってるってことは、それだけしちゃいけないこと、節度があってだな、それに琉稀さんは現役の学生だ。なんの手続きもなしに、色々とは出来ないんだ」

「だったら枸櫞が、琉稀んち行けばいいじゃん」「な゛」


 こいつまだ続けるのか。本当に頭が痛くなってくる。


「あのなぁ……僕と先輩はまだ付き合ってるんじゃないんだぞ」

「ちゅーしたのに?」


 そろそろ本当に、落とし所に迷う。

 そこへ美岬が、浅葱を連れて現れた。


「シトラちゃんね」


 琉稀の身体に憑依したことを、彼女のほうも既に看破している。


「ぶぅ……美岬もすぐにわかっちゃうんだ。せっかくシトラ、みすてりあす、頑張ってたのに!」

「これ、シトラちゃんがやってるの!?

 枸櫞くん、これは」

「シトラが四号機に触れたそうです。あれの心核部はネーレイスに持ち去られてしまった、それを取り戻せば、琉稀さんのこの現状は解消される……だけどシトラ、やはり何とかならないか?

シトラは琉稀さんじゃないし、琉稀さんはシトラじゃないだろう」

「とーぜん。そも《《琉稀がなりたかったの》》、《《檸檬だもん》》、シトラじゃない」

「「「!」」」


 囲う三人は息を呑む。

 美岬たちは、枸櫞の顔を窺い、さっと目を逸らす。


「……枸櫞?」

「今すぐ、出ていけ。

 頼むから、ここから出てってくれ、さっさと。

 ――俺にどうにかなって欲しくなければ!」

「ごめん枸櫞、シトラなにを間違え――」


 その腕を、浅葱が掴み、美岬が彼女の前に立ち塞がる。


「言う通りにしよう。枸櫞くんは疲れてるの、シトラちゃん。

 八岐級と戦ったばかりなんだ、休ませてあげて」

「うん……」

「浅葱さん、少し任されてもらえますか?」

「わかった」


 部屋に美岬が残って、呟いた。


「大丈夫?」

「シトラは人魚だ」


 人ならざるものだ、


「魔性だよ。

 それを甘く考えてたつもりはないけど――そうだな、魔性を人なりにしようとした、僕がそもどうかしているんだ。

 あの子は自分で意図せずに、ひとの行いと尊厳を踏み躙ってしまう子どもだ。悪意があるわけじゃない……だからなんだよ?

 ネーレイス?

 テルクが現実の写し鏡だとでも言うなら、そんな鏡、とっとと割れてしまえばいいんだ――」

「それだと、琉稀さんを助けられない」

「あぁ……けして僕に都合のいい子じゃない。

 姉さんがいなくなってから、泣けなかったんだ、僕は。

 哀しいはずなのに、胸の奥が火傷しそうなぐらいに煮えたぎって、なのにその熱がすり抜けて、こぼれ落ちていくんだ。

 苦しいのに、そんな薄情な自分が生きていることさえ嫌でしょうがないのに、あの子はそれでも、生きろって言ってくる」

「――」

「僕はあの子のなかに、本当はなにを感じていたんだろう。

 姉さんであって姉さんでないもの。

 いまは、琉稀さんであって琉稀さんでないもの。

 僕たちがシトラと呼んでるものは、結局なんなんだよ、美岬さん?」

「それは……」

「八号機を通じて、わかるんだ。

 あの子のなかに、確かな命が宿っていて、それはもう僕自身に絡みついてしまった――その肉を喰らったとき、自らがそう選んでしまった。投げ出すなんて、あの子が可哀想だ。

 そうやって自分を騙し騙し、ここまで繋いでたんだよっ、僕はッ!!!」


 美岬から掛けられる言葉など、あろうはずもなかった。


「……ごめん、きみに当たり散らしても仕方ないのはわかってる。

 きみにはこんな姿を見せてばかりだ」

「貴方を巻き込んだ責任があるのは、そうだから」

「僕は間違ってたんだろうか。

 なにがショックだって、シトラ自身にじゃない。

 シトラに言われるまで、琉稀さんがそんなことを考えてたなんて、欠片も気付けなかったんだ。

 あの人に僕の理想を押し付けるばかりで、あの人の抱えてるものを見ようとしてなかったんだな。

 琉稀さんが、姉さんになりたいとしたら――だとしてもきっと、シトラはなにかを短絡してる。琉稀さんが抱いてたのは、きっともっと、人間的なものだ。

 その姿を得ることじゃないだろう、ただ『あの人のようになれたら』、そういう憧れだとか。元から姉さんへの苦手意識はあったけど、結局その裏返しを、僕が押し付けてしまった……?」

「かも、しれない。実際のところは、白錫先輩自身にしかわからないことだものね。

 枸櫞くん」

「なに」


 美岬は枸櫞の眉間を中指で弾く。デコピンと言うやつだ。


「!?」

「思いつめない。

 白錫先輩を取り戻すんでしょう。

 それとも、私との契約まで忘れた?

 途中で投げ出したら、私だって許さない」

「きみは……案外と、手がよく出る」

「そうならないよう、ここから互いを高め合いましょう。貴方ならできる。白錫琉稀と、天充檸檬が認めた男でしょう」

「――、そういうことに、しておく。

 まだ、狂ってやるわけには、いかないのな……」


 そう、どれだけシトラが不条理な存在だとしても、シトラはまだ、少なくとも僕の仲間までは殺していない。

 ならば勝手に傷ついて、投げ出そうとして、そんな僕の弱さをこそ恥ずべきなんだ。

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