番外SS3:俺が上、お前は下って???
「ソラの字が人形に乗ると、時々変なこと言うんだよな、性格変わるというか、気が大きくなる?」
「なんだよ、急に」
「時々言うアレなに、『俺が上、お前は下』って。
シトラちゃんまで最近は真似してる。悪い影響受けてないか」
「べつに、深い意味はないんだけど。
ドーパミンが悪さしてんのかな、テルクにいて、ネーレイスと戦ってると、自分より頭が高い輩とか、ありえんだろって気分になる」
「なにそれ。
そんなことのとばっちりを受けてたの、これまで、俺は……」
「どんまい!」
「お前がやっているんだがなァ異常者!?」
「そこまで言うか、ちょっと傷つくぞ」
そう、あの言葉がさも決め台詞のようになっているけど、僕は多少の気が大きくなろうと、技名とか凝った言い回しにはまず興味がない。石鹸枠とか昔のラノベなんかで見るような凝った詠唱シーンやら見せられると、なろう系無双でおかゆばりに使い古された無詠唱魔法のが合理的じゃあると感じる始末だ。愛着がちっともない。
じゃあ八号機は――僕は、なぜああいう言い回しに行き着いてしまうのか。
(改めていかないとな、ガキじゃあるまいし。
シトラに悪い影響を与えてるって、アサくんの言い分も間違っていない)
枸櫞の一人称は、ずっと「僕」のままである。
誰にそうしろと言われたわけでもないのに、それを続けている。なのに人形に乗って、あのときだけは、「俺」になってしまう。
自分でもあの心境に、どうにも説明がつかない。
*
「おれがうえー、おまえがしたー」
「……なぁシトラ、それ止さないか?」
「くえんがつかってりゅのにー?」
「ええと――あぁ」
本当になぜ、自分は俺サマ系みたいな言い回しを。
八号機のせいか?
鮫人に乗っていると、時折自分が自分じゃないみたいだと、あとから想うことがある。
魔性――僕の中の、人魚がそうさせると言うのか。
「ねーくえん」「うん?」
「しとらも、さんごたちが言ってたからおけ?
いきたい」
「え……っとぉ」
カラオケの最中にネーレイスの唄が放たれたら?
ヤヲ因子を持たない店員がそれにかち合ってしまえば、このまえの駐在所の二の舞いである。
なんで珊瑚くん、よりにもシトラの前でカラオケだなんて――
「いいじゃない、連れてってもらえないの、かわいそうだし」
「美岬さんか、いつの間に。
正気かい、ネーレイスの唄が途中で流れたら……」
「しとら、そんなことしないもん!!!」
「――」
枸櫞はまだ、半信半疑だった。
シトラがしないと言うのは、本当に意味をわかっていてやっていることなのか。美岬もリスクをわかっていように。
「私もついていくから。
それなら、文句ないでしょう?」
「言わせないだけじゃないか……」
責任は持つ、ってことだろうが、どうやら彼女、シトラのことをいたく気に入って、親戚の姪っ子みたいな扱いをしている節がある。金持ちの考えることは、これだからわからん。
*
「やっぱりソラの字って歌うまいんだろう?
芸能人の弟だし」
「なんだその偏見。普通止まりだよ、姉さんほどぱっとしたものにはならないんだから」
八号機に乗ったときは、自信だの関係なく、唄うことをさも当然のようにこなしていた自分と、こうしてカラオケで選曲するそれとが、同一のものに感じられないのは、いったいなんなのか。
姉さんの事件があってから、ひとりではすっかり歌う機会をなくしていた。一曲通してみたが、途中で声の掠れた気がする。やるなら、もっとリハビリした方がいいなこれ。
「あーっと、流行りなの?
イントロというかのあたりで、まくしたてるみたいな言葉の羅列てか、カラオケ向きの曲じゃない気がするんだが、それともソラの字の趣味?」
「いや、ちょっと喉のリハと、呂律の確認向きかなと。
途中普通につっかえたし、やっぱり僕、向きじゃないんだよな。プロ意識に欠けるというか」
「プロ目指してんのかい!
謙遜してるだけで普通に上手いじゃん!?
こういうのは、客が楽しめてればいいんだぞ」
「そうだよみっちゃん、そんなこと言ったら、シトラちゃんせっかく楽しんでくれてるんだし」
「そう、だな」
客に楽しんでもらえるのが大事ってのは、プロアマ関係なく、イベントに通底するものかもしれない。
ところで美岬は、歌い終わったこちらをじっと見ている。
「なにさ」
「枸櫞くん、今度うちのレーベルから新人さんの曲が出るんだけど、背景のボーカルとか、MV撮る用のダンサーさん探してるんだ、興味ない?
お手伝い程度でいいからさ」
「僕が?」
「どうかな」
「――」
東京にいた頃も、行事のたびに顔もあってか、似たようなことに駆り出されたことがある。だけれど、姉さんへの劣等感がいつも拭えずにいた。
「やってよ、くえん、やって!」
シトラが目を輝かせている。そんなこの子に、姉さんの面影がいやでも重なる。
姉さんは僕がそういうものに参加するとなれば、よくそれを見たがっていた。自身の多忙の合間を縫っても、僕のことを仕事として小言つけてくるのは、小うるさくもあったけれど……あれがない、空虚で張り合いのない日々を、僕はそろそろやめたいのかもしれない。
「そうだな。お姫様がそう言うんだ」
枸櫞は彼女へ、穏やかに微笑んだ。
*
後日学校で会ったとき、美岬が言った。
「やっぱりシトラちゃんを歌手デビューさせたげたいよね!」
「お、おう」
「声質はそっくりだから檸檬さんの歌もいけるかもしれないけど、やるなら本格的に、芸風や戦略は違うもので打ち出していきたい」
「人魚を歌手に?」
「実際、きみより歌うまかったじゃない」
「そりゃ、ねえ。
でもあの子はうちの姉さんの真似しかしてない。
僕のプレイヤーから、姉さんの曲ばっか、気づけば選んで聞いてやがる。
好きでやっているならそれでもいいけど、……なんだか天蜜レモンって虚像に追い縋っているみたいだ」
「だから神社姫のとき、きみはそれが許せなかった?」
「本物、というか、自分の理想と同一化しようとする。
夢を追うひとならよくある話じゃん。
だけど実際、そうした人らが目標とするようなのは、想像よりはるかに熱意とか、バイタリティに溢れているじゃない。ひとつのことをやって終わりじゃなく、もっと壮大な、それこそ人から笑われてしまいそうな目標を持っていたりな。
その人そのものになろうとして、ガワだけ真似ると失敗する。
本質を知ったときには、あの子は天蜜レモンでないもの、自分自身を持って突き詰めていかなきゃならない――僕はさ、いまのシトラに、そんな苦労を負わせていいのか、わからないんだ。
あの子はやっぱり、まだ子どもに見える。もっと段階を踏ませてからでもいいんじゃないか?」
「きみのお姉さんがデビューしたのって」
「それでも中学の中頃だった」
「なるほどなぁ一理ある、もっと早くからやる子もいるけど、その後社会に適応できるとは限らないし、正解はわかんないわね……」
「わかってくれて何よりだよ」
「そういえば、神社姫だから?」
「なにが」
「シトラちゃんが『お姫様』なの」
「――、言うほどか」
「そしたら枸櫞くんは、テルクの王様でも始めるのかと」
ふと、珊瑚くんが暴走したときのことを思い返す。
(テルクの王、ね。あんな寂しい人魚の園で、王権を振り翳して、何が面白いんだか……)
「テルクには神がいるんだろう?
あそこに王なんて必要ない」
「神と王は、似て非なるものだよ。
人魚の姫から、きみは王権を授かったのかも」
「いや、《《それはない》》」
シトラに由来する力はあるけれど、鮫人と僕が持ち合わせた力はいかにネーレイスに似通ったとて、そもそもから異なるものだ。
「信仰を吸い上げてなるものは、結局神と同じところに行き着いてしまう。
王は神から授かるものでも、人から認められてなるものでもない。
君臨するものだよ、そうか。
僕は八号機と通じて、テルクヘ降りたったんだ。
ただそうあることが、僕の必然だった……なんだ、それだけのことか」
だから僕は僕に敵として立ちはだかるものは、排除するか頭を垂れさせるしかない。僕を除くあらゆるネーレイスたち、テルクに在るものは、……セドナあたりを除いて、すべてが僕、いいや「俺」に帰属していくべきなんだ。
(じゃあ、シトラは?)
彼女は僕にとって、何がほかのネーレイスたちと違ったんだろう。
その答えを僕は、これから先も探し続けるしかなさそうだ。
本編をかなり巻きで書いてしまっている反省で、ショートストーリーは本当ならオチもなくグダグダ続けたくなるんですよね。この話もオチが弱い自覚はあります、なんか、すいません。
単純に筆が迷ってるだけなので、適度に止めるのが読者様方への誠意なんでしょうね。
……こっから第二部、いよいよ突入です。




