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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-  作者: 琉璃宿命
7.琉稀

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第35話 マッチポンプ

 懇々と眠り続ける琉稀の病室で、枸櫞は彼女の隣の席にかけていて、その後ろの壁には、憮然と腕を組んでいる伏馬がいた。


「これでわかっただろう。

 ネーレイスはひとの敵だ、お前とも相容れることはない」

「……アーウィヅォウトから肉の盾にしておいて、よく言う」

「――」

「人形の運用ログを解析した。

 またばれないとでも思っているのか?

 あんたは、破滅したいだけだ。

 ネーレイスへの復讐が、聞いて呆れる」

「なん、だと」


 枸櫞の安い挑発に、だから乗せられている。


「確かに、あんたが手を下した直接の証拠はない。

 それに、《《必要ない》》んだ。

 あんたは自分がどれだけ琉稀さんに信頼されていたかを知っていて、だから危険なネーレイスの前に押し出し、あのひとの退路を断ったんだ。

 たかだかのマッチポンプの罪を、人魚に押し付けだしたりして……あんた自分の憎んでるものと、いったいどう違うんだ。

 今更自分のしていることに、怖気づいたりしないな?

 だったらそのまま、逃げるなよ。

 琉稀さんが目覚めるまでもない、僕があんたを終わらせてやってもいいんだろう。

 いま、ここでもいいけどな――これ以上、琉稀さんを哀しませるな。

 ここから出ていく間だけは、待ってやる。

 けどここからさき、あんたは僕の敵だ」

「――、は」


 翼は鼻を鳴らして、立ち去った。

 枸櫞の言ったことは、挑発でもなんでもなく、実際その通りな事実だった。自分の思い込みであることを祈りながら、その日の夜は何度も四号機内の運用ログをリピートしていたが、真水狩人が現れてから最後、なぜか四号機の視点が膠着する瞬間があった。

 最初はてっきり、クラーケンにでもやられたかと思ったが、手足を拘束されていたわけでもなく、後ろから肩に手を置かれ、硬直していた。

 念話で、琉稀が逃げられないようななにか、あいつが吹き込んだのは間違いない。


(姉さんへの復讐ひとつ、果たす前に――なにをやっている、僕は?)


 素直に、この場であいつへ殴り掛かってよかったはずだ。

 琉稀さんが悲しむ?

 ここで琉稀さんの意思なんて関係ないだろう、僕がしたいようにすればよかったはずだ。きっと殴らなかったことを、僕は後悔する。

 わかっているはずだ、なのに――なぜあいつを、ここで裁かないんだ、僕は。

 死んでしまえとすら、思っているのに……まだやつに、誰かが正しい裁きなんて与えてくれると、本気で……?


「っ――、琉稀さん」


 肩を震わせる。いつまで僕は、自分の大切なひとを諦め続けるんだろう。なにもできないまま――


*


 展望室から遺跡の鮫人を眺めている。

 朱桃と二号機を除けば、みな白いのっぺらぼうが横並びして、空位の場所もあった。

 ところによっては、人形の手足だけが溝の見えるところに放置されている。


「復讐、か」


 ネーレイスへの復讐を掲げる翼、父への復讐を窺う美岬。そして、大切な人たちを奪われ続けながら、なにも踏み出せていない僕。

 ひどく疲れてはいる。琉稀さんが死んでいたら、僕は今度こそ翼を殺していたろう。

 八号機で握りつぶして、テルクの浜に捨ててくるくらいはした。

 だけれど、そういえば――ひとつだけ感じていることのあった。伏馬のやつ、あれだけのことを仕出かしているわり、その過程でろくに笑わないのだ。勝ち誇ったような顔をすることがない。あれだけ利己的な男にも関わらず、妙なところで弁えている。

 琉稀を切り捨て、ネーレイスの所業に僕が絶望すると確信さえあった瞬間でさえ、淡々とそれを語るだけ。……違和感があった。


「シトラは僕が、琉稀さんが利用されることを止められないと、きっと知ってた。

 だけど……間に合わせては、欲しかったな」


 首輪と鎖は敵でなく、なにより僕自身を縛るものだったかもしれない。この呪いのような環境に、今更僕が見いだせる答えなんてあるんだろうか。

 悪いことばかり起きるのは、どうせ今に始まったことじゃないんだが。


 美岬がシトラの手を引いていた。


「なに、しに来た、今更」

「わかってる。きみが私に会いたくないのは」

「――」

「シトラのこと、しばらく私に引き取らせて欲しい」

「そう、だな」


 くだらない婚約の話など、している場合ではない。けれど僕は、琉稀さんのことでいっぱいで、このままだとシトラの世話すらろくにできず、彼女に八つ当たりさえしてしまうかも。

 わかっているから、距離を置くしかない。


「ごめん、シトラ。

 ……シトラの言うこと全部を、信じてはあげられなかった」


 本当に自分は、酷いことを言っている。この子を背負う気なら、逃げるなよ。恋人が眠っているだけだろう、家族を養うのは、待ってくれない義務なのに。ネーレイス、人魚だから?

 関係ないはずだろう、一度僕はそう定義していたはずだ、なのに――僕は真水狩人ネーレイスへの憎しみもまた、薄れていないんだ。


「家族失格だよな、そんなの……」


 いまの僕がどれだけ声を震わせたところで、シトラには関係ない。子どものことを、不安がらせてしまうなよ。この子に罪なんてないんだぞ。重荷を背負わせるな。


「くえん……、きいて」

「――」

「くえんのたいせつなひと、くえんならきっと、ぜんぶだいじょーぶ、なの」

「――」

「しとら、くえんがなかないよーに、がんばるから。いっぱいいっぱいがんばって、また、くえん、るきとおはなしできるようになるから、だから!」


 気休めだ。気休めでしかない、そんなもの。だけど僕は、子どもにここまで言わせてしまったのか。なんて、みっともない。


「シトラは、優しい子だな。ありがとう」


 ネーレイスに貫かれた心臓が、どこかへ欠けてしまった。いまの琉稀さんは呼吸も止まっている、瞳孔は開いて脈もない、生体反応がない屍同然なのだが、不思議なことに血流の停滞による死後硬直は起こらず、体温や肉体が保たれている。まるで身体そのものの時間が止まってしまったようだと、医師は不思議がっていた。

 一度は死んだと見なし、死亡診断書をしたためようとしたものの、それを思いとどまってくれたくらいには。

 ネーレイスか鮫人による、不可視の力が働いているんだろう。……超常が彼女を保つなら、一縷の望みに、僕もまた縋ろう。

 琉稀が目覚めたとき、伏馬は傍にいないかもしれない。

 だけど、あなたにはどうか。あなた自身の幸せを、疑うことなく信じて欲しい。

 僕はそのときまで、テルクから、鮫人から、逃げないことにします。

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