第34話 真水狩人
父の死んだ日以上に、だいぶ凹んでいる。
自覚があるくらいに、ひどい。
あれから琉稀さんは、スマートフォンの着信にも返事がない。
「声が、聞きたいのに――……姉さん、どうしよう。
もうあの人に僕の言葉なんて、届いてないのかな?」
(姉さんみたいに、頑張り屋さんなひとを、好きになってみたんだ。
あなたにはいつも「陰でする努力は当たり前」で、だけど同じようにそれを知っている人には、やさしく寄り添ってあげたいんだって――本気だったよね。
僕もいまならその意味、少しわかる気がするんだ)
*
夜の波止場へ、美岬は呼び出されていた。
「ずるいよ、美岬ちゃん」
「――」
呼び出したのは、琉稀である。
振り返った彼女の髪が、潮風にたなびいた。
「いや、卑怯なのは私か。年下の足を引っ張るような言葉で、悪者みたいに言って……あなたが枸櫞くんのこと、真剣に助けようとしてくれてることも、わかってる。そのやり方が、些か無神経すぎるのも、あなたらしいっちゃらしいし」
「白錫先輩」
「美岬ちゃんて、誰かのこと真剣に愛したこと、ないよね。
那戯くんが死んだとき、あなた、理事長のこと許さないって言ったけど、私、それを見てつくづく――馬鹿だなっておもった、あなたのこと。
よくわからないって、その顔よ。
せっかく枸櫞くんは、親切にあなたへ説いてくれたんでしょう?
その場限り、形だけの関係は合理じゃなくて、迎合だって。
そこに心が伴わないものだと気付いて、ひとは支持し続けることなんてできないの。
だけど……お金かぁ、枸櫞くんはひとりなら、きっと私を選んでくれてた。流石に、わからなくないよ。
翼くんにいつまでも振り向いてもらえなくて、そんな私でも一人前だ、価値ある存在だって、あんなに真剣に寄り添ってくれるひとなのに――私はあの子の足だけは、絶対に引っ張りたくない、引っ張らせたくもない。
だからあなたが彼を支えたいなら、その下心も込みで認められるの。
わたしが大人だからじゃないよ、枸櫞くんを幸せにするには、どうしたって必要なことだから。
彼の隣にはシトラちゃんが必要なの、どうして檸檬なんかに似てるかは知らないけど、流石に『姉弟』じゃ、恋愛なんてならないし。私、もう恋人ですら、なくても……ただ枸櫞くんの永遠になりたい、あの子のなかの、消えない何か」
「先輩、私が無神経なのが悪かったです。
婚約の件は冗談にしても、彼の生活を支援するつもりだったんです。
ただ彼の覚悟が知りたかっただけで」
直後、美岬は頬をはたかれた。
「冗談――冗談って、何?
私はいいよ、どうせいつもそういう扱いだし、べつに枸櫞くんの一番じゃなくたって、これまであの子が真剣に向き合ってくれた時間が、嘘じゃないってわかるもの。
だけど枸櫞くんはそうじゃない!
檸檬を亡くしても、お父さんに愛されてなくても、彼は……愛されて、報われる資格があるはずなんだ、きっとシトラちゃんは、そのために彼のところに来たんだ。
あなたはそんなことすら、ろくに読もうとしない!」
「ごめん、なさい」
美岬はその場で、膝から崩れて尻をついた。
足に、力が入らない。それまで富んでいた自身の人生で、味わったことのない類の無力感だった。屈服した、勝ち負けでなく、ふたりの関係を踏みにじったことの意味を、今更に思い知らされている。
「――、……先輩?」
いつの間にか波止場に、琉稀の姿はなかった。
*
「ネーレイス、現れたのか」
八号機に慣れすぎているのか。いつの間にか、遺跡や人形から離れたところにいようと、テルクにほかの人形が呼ばれたことが、体感としてわかるようになっている。
シトラが、部屋で眠そうに目をこすっていたが、ぱっと覚めた。
なにか、焦っている。真っ青になっていた。
「くえん、《《まだ》》行っちゃダメ!」
「人形のところへ跳ぶんだ。向こうへ行ったのは、壱号機と四号機?
よりによってあのふたり――シトラ、どうした」
「……」
「っ、もういい、待機しないと藍堂さんにどやされる」
美岬からの合鍵でも持っていたんだろう、藍堂がこっちの部屋に駆け込んできた。
「どうした、天充。
お前ならとうに遺跡へ行ってるかとおもったが」
「シトラの様子が変なんです。
藍堂さん、この子を頼みます。
八号機には、僕ひとりで行くしかないらしい」
*
四号機が、テルクの波間に漂っている。
人形の心臓部を、一突き。
それ以外の外観は、ひどく綺麗なものだった。
「……なにが、あった?」
壱号機はだらんとやる気のなさそうにして、浅瀬へ立ち尽くしている。
「伏馬、ここでなにがあった。
説明、できるだろ!?」
『ネーレイスだ。
真水狩人、そろそろ習っているだろう?』
「――」
この日を境に、四号機は欠番となった。




