第32話 爆鳴気
シミュレーターには珊瑚たちも参加している。
藍堂から説明が入った。
『ここには湾内から海中遺跡、そっから海嶺に至るまでの水圧や気候をインプットしてある。
鮫人に乗るときもそうだが、水圧や波の勢いを舐めてかかると、死ぬぞ』
「――、アサくんたちって、漁師の家系?」
『専業じゃないけどな。
地元民として……お前に、本当の海の怖さを教えてやる』
ケラティオン――灰色の人型、汎用作業機である。
思考追従速度では他のカラットフレームとは一線を画する、柴丁重工製の機体だ。オイリュトミーグラフの計測機構を最初に導入したシリーズであり、その後も外観の変わらないわり、駆動系のアップデートは世代をくだって繰り返されているらしい。
(つか、護斗くん、ケラティオンにも銛持たすんだ)
「その銛はキャラ付けですか」
『もう始まってるからな』
「まだルールも聞いてないのに!?」
すでに護斗機は海中で足首のホバーを噴かして迫っている。
『説明がないってのは、そういうことだ。
もうわかるだろう?』
「!?」
(こっちは武器もないのに!?)
「不公平だろ!」
『伏馬先輩なら、俺より容赦してくれないぞ』
「くっ――」
身一つで、回避を始める。
(三機すべてが敵?
これらを返り討ちに、無力化するまで繰り返すつもりか)
『どうした、避けるだけか?』
(挑発に乗って自分を見失えば、ほかの二機に隙を突かれる)
「つか、珊瑚くんまで敵なの!?」
『ごめん、みっちゃん。
藍堂さんからの指示なんだ』
「示し合わせやがっ――」
珊瑚機、藍堂機も同じく銛を握って、枸櫞の隙と死角を狙っている。
藍堂曰く、
『ネーレイスは待っちゃくれないそうだし、多対一がいいだろう。
まぁ何度か、死に戻りを繰り返してもらうつもりだが』
「勝利条件は?」
『そんなもん、自分で考えろ』
「――、おまえらはいつも説明が少ない」
急に潮の流れが変わった。
完全に海中なので、海の表面は頭の上にくる。
そこにある微かな光を眺めて、……どうにも昼の曇天判定らしい、こっからの潮や波の動きを考えろと。
『そうさな、ヒントくらいは教えてやろう。
途中から十五分おき、昼夜を含めた時間帯も入れ替わる。
せいぜい逃げ延びてみせるといいが』
「――、あぁ、どうも」
ケラティオン内部のコンソールを見るが、縦の直方体で、鮫人のようなゆったりとしたモニターとも異なる。背後までの視界は確保されているが、まずはこの仕様になれなければ。
「逃げきらなきゃ、体勢を立て直せず、逃げると三機といつまでも決着がつかない」
そして今日明日は土日なので、実質、制限時間など設けずに護斗らはやる気だろう。
(人形の操縦には免許がいるそうだけど、シミュレーターや似たようなゲームは、心得がないじゃない)
姉さんとは昔、時々やっていた。
「鮫人と共通するのは、せいぜいが手足がある、ぐらいだろう。
まぁおそらく、護斗と藍堂さんが要求しているのは、こいつを自分の身体と同じくらいに扱ってみせろってのが、ひとつ。
次に、ネーレイスとの乱戦下でも俺だけは生き残って、八号機で立て直せるように――てとこか。
頭ではわかっているんだが」
(何回も繰り返したくないなぁ、これ)
珊瑚機の突進は、速度だけはあったが直線的すぎ、それを狙って枸櫞が取りつき、銛を奪取する。
『蹴っ――』
さらに珊瑚機の背部にふたつあったボンベの片方、ロックを外して、残る人形を蹴落としていった。
「悪く思うなよ、珊瑚君。
こっちも逃げ続けるほど、蓄えてない」
『動きが止まってるんだよ!』
護斗機をすれすれで回避するが、今度は藍堂機が正面から迫った。
『ボンベを奪った意味もなかったな、その畏れ知らずは褒めてやろう!』
「……ところで御仁、僕は化学という人の叡智を愛してるんですよ」
『な――』
「爆鳴気って、ご存じです?」
珊瑚から奪ったボンベは、水素のものだ。
酸素は呼吸用のそれを、自機から供給すればいい。
ボンベを離しさえしなければ、あとはこちらの《《自爆》》に藍堂を巻き込んでしまえばいい。
『天充、それ次から禁止な』
「――」
『初戦で俺と朝桐くんまで墜としたのは褒めてやるし、機転そのものもまぁきらいじゃあなかった。だが、やけになっての自爆はなしだ。
お前にはもっとも難しいこと、生き残るために全力を注いでほしい。そのためのカリキュラムだ』
「はい……」
最初からそれ言ってくれれば、まだやりようもあったと思うんですが。
『いいか、お前のために言っているんじゃない。
お前が八号機で生き残らなければ、他の共鳴者は、非覚醒状態の人形での劣勢をあっという間に強いられる。
これまでならとかく、ネーレイスの出現周期の早まっている原因を断定できない以上、我々は八号機の空間跳躍を前提として、ここからの戦略を考えねばならない』
「でもこの教習、あんたら三人タコ殴りしないと終わらないんでしょう?
僕がコンティニューするたび、こっちのケラティオンは燃料事情がリセットされますけど、最初から五分前後で酸素が枯渇する前提じゃありませんか」
最初に十五分おきがどうとか言っていたのだって、実質ブラフだったんだろう。こちらが自分の状況を確認して処理する能力があるのか、までを見定める。
『節約すれば八分は』
「んな詭弁に騙されてやるとでも?
流石に殺しますよ」
『……おまえ、可愛げがないって時々言われん?』
三機でよってたかって襲っている以上、こっちが激しく動いて消耗するのも見計らっているはずだ。
『ちなみにあとから、濱田先輩も来るから』
「このうえ増えるのかよ!?
マジで勘弁しろッ!」
枸櫞は声を荒げた。
*
被撃墜数は枸櫞、珊瑚、護斗の順で下降していく。
そういう訓練であるゆえの必然だったが、不満を抱いても、今度こそは抗議する余力も残らない。
(濱田先輩来てから、ほんとに難易度ぶちあがったな)
「伏馬先輩と同じぐらいから、人形やってるって本当なんですね……」
「うん?
まぁ、後輩との模擬戦、楽しかったよ」
(このひとだけ、ほとんど落ちなかったんだよな……)
このひとを目標にしておけば、少なくとも伏馬のやつとまた組むようなことになっても――切り抜けられるかもしれない。
「濱田先輩から見て、伏馬ってどんなやつですか」
「あいつのことは呼び捨てなのね。
真面目だが、融通が利かないことがある。
ネーレイスで身内を喪っているってのが、僕らにも引け目でな。
あれが言うこと聞くの、美岬ちゃんくらいだよ。
那戯くんが死んだとき、現れたネーレイスなんだがな。
あいつの親父をやったのと、同じだったんだ。
俺たちは水子級と呼んでいる個体だ、ネーレイスには寿命がないとされるから、まだ向こうにいるんだろう。
あれを倒すまで、あいつの復讐は終わらない」
「始まっても、いないかも」
「え?」
伏馬のやつは、きっと水子級という単一の個体にすでにこだわっていない、そんな気がした。それはある意味、自分や美岬もそうであって。
――でもあなた、今のままでいいの。
お姉さんをあんな目に遭わせたあの男や、世間の好奇と騒ぐだけ騒いで貶めておきながらのあの無関心を、許せた?
「……きみは、ネーレイスを飼っているんだったか?
胸中は複雑なものがあるんだろう、俺だって過去、おおくのネーレイスを屠ってきているし。
こんなことを言うと、あいつには怒られるかもしれないが、ネーレイスは意思を持った生き物というより、現象がカタチを得たようなものだろう、つまりその――あぁ、俺もそんな口がうまくないんだよな、あれだ。
あれの存在そのものに、善も悪もない、というか」
「はい。おっしゃりたいことは、わかります」
「あいつが復讐を遂げられたとして、そのさきであいつは新しい人生、始められるんだろうかって、怖くなる。
私怨を晴らしたい以外の価値全部を、かなぐり捨てている」
「――」
「復讐をやめろ、とは言わんさ。
だけど、今を生きるものが、死の影に囚われ続けるのは、はたから見ていて気分のいいものじゃない」




