第30話 泉客海洋郷土研究部
歓迎会が終わり、あと片付けに入る。
枸櫞はシトラを連れて、申し訳なさそうに先に上がっていった。
浅葱は美岬の隣にやってきて、手伝いながら、話を振る。
「また、天充くんのこと考えてますか」
「そりゃ、彼のペースでテルクヘ呼ばれてたら、身が持たないし、でもネーレイスは八号機を集中して狙ってもいる。あれの転移能力は貴重だけど――」
「早口になってるね。そうじゃなくてさ、美岬ちゃん彼のこと、わりと好きになってるでしょ」
「冗談、キツいですよ先輩」
「だったら琉稀のこと見るたび、そんな表情固くすることなくない?」
「枸櫞くんには、自分の理想を押し付けてしまってる自覚はありますよ。天蜜レモンの弟さんなら、きっとこれぐらいやってくれるだろうって。
それが人魚を食べてからさき、私の思ってた方向でなかったことに、気づいてしまったというか。
成果という意味では、私たちがテルクに行ったところでどうにもならなかったものを、毎度着実に運んできます。ただ、こんなに破天荒なひとがいるんですね。……正直、彼が何をやっても、最近手に負える気がしないんです」
「あぁ、うん。
それで持て余した青春と欲求不満をまたお仕事で昇華するわけね」
「続くんですかその流れ?
ネーレイスとの戦いが命懸けだとわかっているくせ、女の子を息するように垂らしこんでいられるあの胆力は何ですかね、くらいに感じてしまうのは。姉と違って、体力があるほうでもなさそうなのに。
でも時々ああいうの、経営者や指導者の界隈にはいるんですよね。
良識やなにかしらの箍が外れてるんですけど、それを代償としていなければ、至らない境地があるような顔をしている。
ああいうひとこそ、本当の魔性なんじゃないですか。
触れたものすべて、沼に引きずり込んでしまう」
「――、へぇ」
奇妙なことに、美岬の言葉は先ほどの彼自身の言葉と符合していた。
*
「へぶし」
「くしゃみ、くえん、だれかにうわしゃしゃれてる?」
「さぁ……なぁ」
職員寮に戻り、部屋の鍵を開けようとすると、隣の部屋に新しい人が入ったらしく、ちょうど通りがかった。
「よう少年、ここは教員用の住み込み寮だと聞いたが?」
「――、理事長の娘さんに聞いてくださいな。
ちゃんと許可はもらってます」
「あぁ、じゃあきみが人魚喰ったって人形使い?
こっちの部屋は使わせてもらうから。
俺のことは藍堂と呼んでくれ、今日は疲れたからもう寝るけど、これからよろしくな」
「はぁ、初めまして」
表札にもすでに記入されている。へんなおじさんが入居したものだ。あれが今度、久原さんの補填に入った要員なんだろうか。
今度は命を狙われることのないよう、願いたいものだ。
*
翌日の放課後、美岬から空き教室へ案内された。
「二号機による湾内の物的被害は、あれだけのことがあって海上や一部施設の中破で留まっている。
だけれど私らの世代で鮫人がまともな覚醒を遂げたのは、これが初めてのことでしょう」
八号機の覚醒がまともじゃないかの口ぶりに、枸櫞は苦い顔をするがなにも言えない。
「それで、この部屋は何だい」
「『海洋郷土研究部』だよ。
遺跡のことはオフレコだけど、交叉の神社にもご協力いただいて、郷土史の編纂をやってる文化部。
ほとんど共鳴者しか入っていないし、まずもってほかの子が入ってこないんだけどね」
「たしかに、ぱっとした部じゃないな。ぱっと言われて、なにやってるかようわからん。
文化部なんて、それこそ習い事とか、将来含めて打ち込める対象がはっきりしていないなら、やりがいないもの」
越してくる前の学校では、美術部と漫画研究部が隣り合ってて、両部を兼任しつつどっちも絵を描きながら、あれはあれで彼らのやりたいことの方向性をそれぞれに派生し、没頭させうる程度の含蓄があった。
「やってるの、地元の郷土史だけなの?」
「そうでもないけどね。
新歓のときの誘い口上がなくならないよう、先代がたは体裁整えてくれてたけど、ここ自体が擬態なんだもの」
(共鳴者を有事、学内のひとところへ集めるための、かぁ)
「そうでないときは、在学中の交叉先輩たちや白錫先輩は茶道とか吹奏楽とかやってたはずだよ」
「なに吹いてたんだろう……」
ふと昨晩の接吻をぼんやり思い出す彼を前に、美岬が咳き込む。
「ばかじゃないの、いったい何考えてんの、変態!」
「急にあたり強いというか、率直な罵倒きたる?
具体的なことなにも言ってないうちから下ネタ判定された?
こんなんで変態扱いなら、美岬さん大層なムッツリ……いえなんでもないです。
でも部活としてのここなくても、あんまり困らないよな。
会議なら、社務所や発令所だって扱うだろう」
「学内だけでも、普段から共鳴者同士に連携して欲しかったの。
みんな幽霊部員としてでも、人数合わせに登録してもらっといて、部としての実績は、在籍している共鳴者で辻褄合わせしてる。手伝ってもらいますからね」
「あぁ、うん。
くそ、すっかり囲われちゃったな、八号機が人魚なんて食べたりするから――」
「きみでもそういうこと、言うのね。
もっと超然とそれを受け容れているかとおもってたけど」
「馬鹿言え、やっとテルクでの非日常に、実感が伴ってきたところなんだ。
これまで、それを感じ入るどころじゃなかった」
「うん……」
父の死も遠い日の出来事ではなく、四十九日だってまだ過ぎていない。
「あ、でもご当地イベント的なのはあるよ。
沖に漁へ出て、水質調査や収穫した魚の写真撮るの」
「なるほど、昨日の歓迎会自体も部活の一環に組み込めるわけだ。よくできてる」
「昨日ね、支倉さん、新入部員にもらいました。
君が入るならって、名義だけ貸してくれたよ」
「抜け目ないなぁ、きみら。
ここにいれば、遺跡やネーレイスについても一通りは学べるんだろう?」
「もちろん。共鳴者以外にはオフレコが殆どだけどね」
「なら断りようもないかな」
そう呟いた彼を見て、美岬が笑う。
「どうかした?」
「初めて話した頃のきみ、つまんなそうだったから。
シトラちゃんのおかげかな、ネーレイスのこと、もっと知りたいってなるのは」
「――、かもね」
彼は部室の戸に、手をかけた。
「枸櫞くん」「?」
「八号機をあの姿にしたのは、きみの存在なんだとおもう。
私は――この先も、きみにはきみであることを、貫いてほしい」
きっとこの前、廊下で聞きそびれたことの返事なんだろう。
枸櫞は眉をあげてかるく驚くも、
「ありがとう」
次にはしぜん、感謝の言葉が出ていた。




