第29話 歓迎会
結局、僕の歓迎会は社務所で、OBたちと合同して行われることになった。
流石に伏馬のやつを呼ぶことはなかったそうだけど、思えばここまで、妙に長い道のりだった。
刺身やご当地の魚料理やら、ジュースやら。
濱田先輩は酒を持ってこようとしたらしいが、場所を貸した手前もあって、交叉のお二方は僕に失礼だからと控えさせたそうだ。そりゃそうか。
共鳴者でもない支倉さんのような、クラスの女子まで手伝ってくれたらしい。ありがたいことだ。
「ほらシトラ、沢山あるぞ」
「おしゃかな?
くちゃい――」
「好き嫌いはよくないな、でもまぁ仕方ないか」
シトラは魚介は苦手らしかった。共食いに思うところあるのかもしれない。結局出された魚介の多くを、枸櫞が消費している。
「みっちゃん、シトラちゃんには激甘だねぇ」
「そうかな?
自分では普通だと思うけど」
「なんだか、シトラの歓迎会にもなってるね」
美岬が彼女に向いて微笑んでいた。
「みしゃきもおしゃかな、たべりゅ?」
「こら、しれっと苦手なの押し付けていくな……」
「どうかした、枸櫞くん」
「いや、人魚って何が好物なんかな、と。
魚介以外はなんでも食べてるが」
流石に食の好みは、姉さんとはちと異なるらしい。姉さんはわりとなんでもよく食べていた。
あのひとの話を始めると、途端に湿っぽくなるので、この席では控えているが。
「枸櫞くんて面倒見、いいのね」
琉稀に言われる。
「こうやってると、自分が子どものうちにしてもらいたかったことだとか、ふと考えちゃいますね。
女の子とじゃ、また考え方も違うでしょうけど。
こんなにずぶてー妹が生えてくるとは、よもや思いませんでしたよ」
それまでシトラが家族であると認められなかった彼を見ている、護斗らあたりは優しい目を彼らに向けていた。
*
シトラを美岬に任せて、一時外の空気を吸いに出た。
「歓迎会の主役が、こんなとこで油売ってていいの」
瑠稀が追ってきた。案外、人のこと見てくれてるものなのだな。
「ここ数日、立て続けにネーレイスとやりあってたんで、何もない方がそわそわしちゃって」
「うん。確かにきみが来てからのアレ、出現頻度がおかしくなってる。
前は多くても週一くらいだったのに、平均してもその倍くらいのペースできみは動いてたわけだし。
私達も身構えてる、テルクに新しい変化が起きてるのかもしれないって、浅葱たちは話してた」
「さいですか」
「シトラちゃんのこと、気に病んでる?」
「――、最初の頃ほどでは、ないですよ。
まぁ、あの子を人として背負ってくと決めましたから」
「あの子、小さかった頃の檸檬にそっくり。
それだからどう、って言うの、おかしいんだけどさ」
「なんです?」
しばし躊躇ってから、琉稀は言う。
「そう、あんなに小さい頃から、あの子は沢山愛されてた。愛嬌があって、だからあの子がやることなすこと、それがいいとか悪いとか関わらず、結果として大勢を振り回したし、巻き込んでたり」
「――」
「シトラもそうなるのかな」
「かもしれません。アサくんとかの言う、人魚の唄にとか、惑わされたなんて、言い得て妙ですよ。
人間かそうでないかは、さしたる問題でもなくて……世の中には、本物の魔性がいるんですよね。それ自身の思惑はさておき、周りにいるものの理性を歪め、平静を損なってしまう。でも、悪ではない。惑わされるものの心根を試す、底意地が悪い性質だ。
誰だって、最初は物事の良かれ、世の中もっとうまく運びますように、自分の身の回りの人たちが健やかであれって、願っているはずなのに。
生活のなかで張り詰めた神経を、ほんの些細なことで、均衡を崩しうるように」
「とても、子どもに向ける言葉じゃないとおもう」
「ただの子どもではないし、それをわかっていて、僕はあの子を人として扱い続けるんです、きっとこれから先を……人魚を知らない、多くの人を敵に回すかもしれない。そのときは僕、きっとシトラを庇って死んでしまう」
「!」
「入れ込んでいる、というのはあります。
人魚に狂った、と想われるのも、仕方ない。
ただ、ね。
先輩には知っていて欲しいんです、僕は人魚を善とも悪とも想わない」
「――」
「シトラが姉さんの猿真似をするだけなら、僕はあいつを消すほうを選んだでしょう。
だけどいまのあいつは、あれで曲がりなりにも、物事を良くしたい、そう願って見えるんです。人魚なのに、人間じみてしまった。あとはそれを信じて死ぬか、信じ切れずに死ぬか」
「あの子のせいできみが死んだら、私はあの子を許せないと想う」
「そう感じるのはきっと正しいんです。
これまでだって、ネーレイスは人から多くのものを奪っている、命も、理性も、尊厳も。
伏馬先輩のようなのが拗れてしまうのも、そういうことです。本当は、言葉で足りるような葛藤でもないんでしょう。
だけど、僕はシトラを人間として育てます。天充檸檬でなく、天充シトラという個人として。
僕がいなければ、誰もろくに向き合わなくなるの、わかるじゃありませんか。
あの子が人の敵になるときは、僕が責任をもって処分する――つもりですけど、それさえ正気を喪って見られるでしょうね、一部には。
シトラを通して、ネーレイスに知って欲しいのかもしれない」
「なにを」
「《《本物》》、ですかね。
あの子はきっと、人としての唄を手に入れるから」
「……よく、わからないね。
でも魔性ってのがどういうことかは、今また少し考えてみたよ」
「と、言いますと」
琉稀はほくそ笑んで、枸櫞の目のまえに顔を寄せた。
「きみを誘惑する私、なんて、どう?」
「思い切りましたね。大好きです、琉稀さん」
(耳、真っ赤になってやんの、可愛いな)
そのままいい雰囲気になって、また接吻は果たすのだが、直後ふたりの背後から声がかかる。
「できれば境内で盛ってくれるなよー、不信心者ァ?」
「「!?」」
浅葱であった。
「浅葱さ――そんな見境ないことしませんて」
「どーだか。歓迎会の主役がいつまでも席外していい訳ないでしょ」
「ちぇ、仕方ない。戻りますか、琉稀さん」
「うん……」
いちゃいちゃは、後日に持ち越される。




