第26話 血のように紅い
軽くうたた寝をしていたのに、ひどい夢を見せられた。
夢で見た美岬と護斗の死は、弐号機に接触して引き起こされると枸櫞は睨んでいる。もっとも、夢の存在そのものに半信半疑ではあったが。
鮫人には本来個性がなく、覚醒を遂げる前の八号機まで含めて、いずれもが白亜の神像とでも呼ばしきものだった。なのに、夢の中の弐号機は――
*
「鞭――ね」
(首輪の鎖と、どっちがマシだったろう)
枸櫞は神社姫級と遭遇した際、強い飢餓感に襲われたと言うが、ネーレイスたちを前にしても、珊瑚にはそのような欲求はなかった。
(みっちゃんは悪食なのかもしれない……けど、敵を喰らうでもしなくては、こんな状況を切り抜けられる気がしないな)
「みっちゃん、助けてよぉ、こんなのって――くっ」
珊瑚は涙が滲みそうになるのをなんとか拭う。四度目の突進に至る海猪の前脚に、鞭の先を飛ばして引っ掛けたものの、たわんでしまうし、殆ど勢いを殺せていない。
「まだまともに戦えてもないのに、みっちゃんに甘えようっての?
最低だな……」
けど、ほかに顕現させられる武器はなかった。その気になれば、なんだって出せるはずだと想っていたのに、巨大な異形たちに取り囲まれてから、すっかり負け戦の気分である。脚を潰され、ろくに身動きが取れないうち、なんだか潮のかさが増してきた。
(満ち潮か、人形が、溺れる――)
「!」
ただしおかげで、四度目の猪は助走から僅かに軌道が逸れて、今度の弐号機は横転するのみで事なきを得――とはいえ、クラーケンの触手がまた海中から迫ってくる。
(猪はとかく、クラーケンの触手がろくに読めない!)
そこへ、聞き覚えのある声が降ってきた。
『無事か、弐号機!
珊瑚くん!』
「みっちゃん――待って、ここには二体のネーレイスが!」
『《《わかってる》》!』
駆けつけた朱桃は弐号機の前に降臨すると、さっそく這い寄ってきたクラーケンの触手のひとつを銛で射止めてから、そのまま本体までを海上へ引きずり出し、五度目の突進を仕掛けようとする海猪に放り投げた。
『――、弐号機、肩を貸す。逃げよう』
「ネーレイスを倒さないと、空間が解除されない!」
『潮が満ちる、陸へ上がれ!
また身動きが取れなくなるぞ!』
「みっちゃん……俺、まだまともに戦えてない」
『いいんだよそんなこと、珊瑚くんさえ無事でいてくれれば』
「けど」
本当はきみに戦わせないために、僕ひとりでやりたかったけれど。
(派手に足を引っ張っても、せめて)
「みっちゃん、お願いがあるんだ」
『なに?』
「僕と一緒に戦ってくれる?
守られてるだけなんて、自分が耐えられないんだ」
『――、あぁ、珊瑚くんが戦ってるとき、《《俺》》はいつでも一緒だよ。現に、ちゃんと来ただろう?』
「うん……ありがとう」
もうみっともない姿は見せられない――喪った足のぶんを、己の働きで補うなら、僕はどうしたい?
力が欲しい。この状況を覆す程度の、圧倒的な暴が。
*
「どうする、弐号機の足首だけでも回収してこようか?」
『待って、みっちゃん。
たぶん、《《やれるから》》』
「やれるって、なに――」
枸櫞は息を呑んだ。弐号機の左脚、損壊した付け根から、紅く細かい触手のようなものが急速に生えてきて、筋節らしきものを形成する。
「弐号機?
珊瑚くん、これ大丈夫なやつなのか!?」
『うん。そらみっちゃんが一緒にいてくれるから、僕はまだ頑張れる』
「!!?」
弐号機を起点として、浅瀬のなかから同じようにわらわらと、紅い枝のようなものがところ構わず生えては咲き乱れていく。
(夢で、見た――これは)
白かったはずの弐号機は、浅瀬から浜を紅い珊瑚の枝林に染めて、自らの装甲体表も真っ赤に染め上げて、身を起こす。……というより、海上から本体が、覚醒の余波で仰向けに浮き上がっている。
放射状に拡大する珊瑚の林が、弐号機の削られた足に届いて捕捉できると、それは呑み込んでしまった。と、同時に、浮かび上がる紅の弐号機本体から、左脚は再生された。
「珊瑚くん……」
『人形の覚醒、なるほどね。ようやっとコツを掴めたよ、みっちゃんのおかげだ、ありがとう、僕なんかを信じてくれて』
それは味方が順当に強化されたというはずなのに、あんな夢を見た枸櫞からすれば、悪夢がより一歩正夢へ近づいたことにほかならず、空恐ろしいばかりだった。
(珊瑚くんが、美岬さんたちを殺すのか……?
俺のせいで?)
『今度は僕が、みっちゃんを守れる』




