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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-  作者: 琉璃宿命
5.彼に恋した少年

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第25話 海猪

※改稿が追いついていない場合、弐号機は旧字体のほうの「弐」として現行は書いてます。

もし「二」とかなってる場合は、数が多すぎて自分では直しきれてるか怪しいです、ごめんなさい。

 地下発令所のデスクで、美岬は嘆息していた。


「まぁ、彼のやることにあまり口出ししすぎてもかわいそうか……」


(白錫先輩と仲良くなられすぎてもなぁ、ネーレイス戦で弛まなければ、文句はないんだけど)


 久原の抜けた穴を埋める人材が、微妙に足りていない。

 更迭してけじめをつけなければ、あのひとの背後にいた連中のいいように、遺跡と鮫人を押さえられかねなかったし、事実そうなっただろう。


(久原さんもオーバーワークぎみだったし、どうにか負担を分割する方向でいきたい。次に月が満ちるまで、どれくらいだったか。それだけ現れるネーレイスの強度も左右される。

 そうでなくたって、ただでさえ時間が足りていない)


「発令所から指示出しをできて、私の意向を汲んでくれるひと……悩ましいな」

「お嬢、発令所の件、しばらく俺にやらせてくれませんか」

「護斗くん」


 すでに腹を決めたらしい。


「どうして、きみが?」

「俺はお嬢の傍にいると決めてるんです。

 俺自身が五号機で出るときはとかく、そうでないならお嬢の指示をきちんと反映する体制が必要です。

 それに、上下関係を踏まえると、伏馬先輩のようなひとに言って聞かせる役が必要でしょう。僕なら、共鳴者すべてに顔が利く」

「枸櫞くんに、背負いこむなって言われてなかった?」

「無理をしているんじゃありません。

 大人に頼れとも言われたし、だけどまずは、自分が大人になることを選びたい。できることから、始めようと思ったんです」

「そっか。

 ありがとう、護斗くんが手伝ってくれるなら、百人力だ。

 ただ、新しくひとを入れなきゃってのはそうだから、そろそろ決めなきゃならない」

「どんなひとを、考えてます?」

「みんなを生き残らせて、くれるひと」


 直後、地下の遺跡から鮫人の活性を知らすアラートがこだまする。


「弐号機が遺跡から消失しています!」


 発令所のパネルを操作し、護斗が叫ぶ。


「すると今度呼ばれたのは、珊瑚くんひとり?」

「俺が八号機で出ます!」

「いまからハッチの解除を、間に合うの?」


 だが――今度は昇降機に備え付いた通信機のほうから、着信が入った。


『問題ない、僕が行くよ』

「ソラの字、いつの間に!?」

『シトラが、教えてくれたんだ。

 珊瑚くんが、危ないって……僕らなら跳躍ですぐに動ける』

「シトラちゃんが?」

『アサくんは発令所にいてくれ』

「だがお前、まだ怪我が――」

『アサくんも僕も、自分にできる最善を尽くす、そうだろう』

「くれぐれも、無茶はするなよ」『おう』


 通信はそこで切れる。


「どう思いますか、お嬢。

 シトラは……あいつをどうしたいんでしょう、人魚の考えることですよ?」

「彼女がいなければ、私たちはいまこうしていられなかったんじゃないかな。

 私は枸櫞くんの直感に賭けようとおもう」

「わかりました。もう引き返せませんよ、俺たち?」

「そう、だね」


 *


 かわいいものが好きだった。

 かっこいいものも好きだったけど、女の子の好きなものが羨ましくて、中学の頃には女装もするようになっていた。

 女装趣味について、普段は放任主義の父に、一度だけ言われたことがある。


「そういうのには、いずれ卒業しなきゃならないときが来るんだ。社会に出て仕事するようになれば、我なんて貫けない。

 ほどほどで満足しておくんだ」


 なるほど、あのひとの懸念はわかった。

 まっとうなサラリーマンのあのひとを、尊敬している。

 だけど僕が僕らしさを貫くことが、あのひとの平凡さと相いれないわけじゃない。

 徐々に、それを証明したい気分になっていた。


 今日、女神ミューズなんてつい呼んじゃったけど――僕の理想の王子様だ。彼、天蜜くんは、性別なんて杓子で測るのが野暮なくらい、強くて、美しい。

 僕はああした《《強さと姿が欲しい》》んだ。


 *


 漁から戻って間もないのに、自分はどうやら弐号機のコクピットへ放り込まれてしまったらしい。


「よりによって、今?

 向こうとも違う色だ、海の中。

 ここが、テルクの海原……僕ひとり飛ばされたって、どうしろっての!?

 そうだ、メンスなんとか!

 武器だ武器、ネーレイスがくる前になんとかしないと――」


 取り乱しかけるが、ここがどういう場所かの知識はある。僕をこちらに呼んだネーレイスさえ倒せば、元の世界に帰れる。これまでは遺跡で待機するが関の山だったけど……いまここにいるのは僕だ、やるしかない。

 慌ただしく、弐号機の手元へ集中する。


(やればできるってこと、証明しないと)


 自分が今日呼ばれたのは、負傷したみっちゃんの負担を減らすためなんだと、そう願いたい。それができる僕だと証明すれば、きっとみっちゃんも、白錫なんてあんな女じゃなく、僕に振り向いてくれるようになるんだ。


「やって、やる……!」


 *


「――、弐号機、本当にいないな」


 自分以外がテルクヘ行く状況を、これまで見てきていないので、弐号機の入っていた遺跡というか遺構を前にして、変な気分になる。


「シトラ……さっき僕が見たものって」

「くえん、だれもしなせないんでしょ」

「――、っ」


 こちらの世界の港湾にいた。停泊していた漁船が、海上に伸びた血のように紅い珊瑚の枝に侵蝕され多くがくし刺しになり、枝は海中から発令所にまで到達していた。

 八号機の視点で、護斗と美岬が押し潰されてしまったところまで、視せられたものの……。


(あれが、このままだと訪れかねない未来なの。

 いったい弐号機と珊瑚くんに、なにが起きたんだ?)


「さんごを、むかえにいこう」

「人使いが荒い……」


 *


 クジラと猪は元々、山と海の生息域を神に頼んで交換してもらったなんて昔話があるそうだが、珊瑚が遭遇した新たなネーレイスとは、まさしくそういう存在――『海の猪』だった。

 転移されたのは海中で、初手正面から奇襲を受けた、機体の直立拘束もほどけないうちからのことだ。最初はそれこそ鮫かクジラにでも咬まれたかと想ったが、


「海に、イノシシだ?

 なんなんだよこいつッ――海中に召喚されるとか、聞いてない!」


 絵面からして、ふざけすぎている。ある意味で度肝を抜かれたし、そのまま結局、人形の胸から上が出るくらいの浅瀬に弾き飛ばされた。


(海の猪は、泳ぎが下手だから山に移してもらったんじゃないの?)


「新型の異形となると、発令所からの行動予測はあてにならないな、テルクで退くことなんてできないし。

 いやいや――落ち着けよ」


 珊瑚は気落ちするまでもなく、状況を整理し始める。


(さっきは水深深くても目測五十メートル、猪型の全長は四十メートル大と見ていいだろう、テルクとしたらまだ浅瀬の方だ。

 あれより深くへ引きずり込んでくるネーレイスだったら一巻の終わりだったけど、あいつは僕を浅瀬へ弾き上げた。本当の狩り場は、おかってことだろう)


「弐号機の直立拘束は、よし、ほどけた!」


 共鳴者側が慣れてさえいれば、テルクでは直立拘束からの自主解放は易い。実戦こそ初めてだが、珊瑚もまた人形に択ばれしものにほかならなかった。


(武器がない――早くなにか)


「みっちゃんみたいな、初陣補正とかないの。

 こんなんを独りで相手しなきゃならないとか、護斗やほかのみんなは本当に凄いよなぁ……ちくしょう!」


(泉客のデータベースにはない個体だ、海猪シーボア級とでもしときますか、今のところは暫定で)


「あんなのもう人魚とか関係ねーじゃん!

 どわっ」


 某狩猟RPGには、異次元タックルとか揶揄される面倒な当たり判定があるけれど、珊瑚が名付けた海猪級も陸上に這い出たとたん、機動力がグンと上がり、浅瀬に水柱が起きたと想えば途端に距離を詰められ、胴体の側面を強かに打ち付けてくる。おまけに後ろ足の蹴りも間髪入れずに挟んできて、弐号機はされるがままだ。


(向こうの手足が短いことくらいしか、救われる要素がない――、手足を拘束でもされてたら、今度こそ詰む)


「!?」


 ふと、体勢を立て直そうとして、浅瀬に足が吸われるいやな感覚があった。


(地面から唄だと――ネーレイスの、別のやつが潜んで――)


「ヤバっ」


 三度目をまともに喰らうわけにはいかないが、拘束された左脚を狙って、海猪がまた突進してきた。身体は飛ばされ、人形の左足は膝から下をまるまる刈り取られてしまう。


「――っつぅ、共闘してるって、このネーレイスたち、なわばりが共生関係にあるのか!?

 どうしよ、弐号機がもう立てない……オーパーツは壊れたら、予備なんてねぇのに!

 なんかねぇの!

 秘めたる力がどうとか!いや――」


(現存する八機が五体満足に遺っているのは、機に恵まれてきたからに過ぎない、それを知ってるだろう僕は!)


 どのみち状況を打開できなければ、初陣にして惨めにすり潰される。

 珊瑚だってそれくらい避けたい。


「新しいのは難破烏賊クラーケン級か、しかも大きい……神格等級はどちらも下位だろうが、そういつやつほど攻撃性が高まる。僕の、武器はっ――なにが」


 さっきから状況にケチをつけるばかりで、反撃の手立てがまったく追いつかない。


「く――」


 そうして弐号機がようやく現出できたのは、鞭であった。

 珊瑚が心許なく感じたのは、言うまでもない。


(こんなもんが、僕の……?)


「みっちゃん……たすけて……たすけてよ」


 目の前の戦闘を、投げ出したくて仕方なかった。

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